
SREじゃなかった僕らが「実践者」になるまで。Enablingを通じて実現した、イオンスマートテクノロジー組織変革のリアル-SRE Kaigi 2026 登壇レポート-
2026/3/18
この記事に登場している人
久保 翔馬
Shoma Kubo
イオンスマートテクノロジー株式会社 iAEON開発ディビジョン iAEON開発ユニット iAEON開発チーム エンジニア
ex-内田洋行ITソリューションズ SaaSプロダクト開発 エンジニア/スクラムマスター/プロダクトオーナー
資格:Certified Scrum Master / Certified Scrum Product Owner / PMP / Microsoft Certified: Azure Solutions Architect Expert
2019年に新卒で内田洋行ITソリューションズに入社。SaaSプロダクト開発の立ち上げ・開発に関わる。プロダクトのフェーズが変わるタイミングでエンジニアからスクラムマスターへとロールチェンジ。組織へのアジャイル・スクラム導入に携わる。その後、プロダクト拡大のためプロダクトオーナーへロールチェンジ。2024年10月より現職。
# 北海道科学大学 # 内田洋行ITソリューションズ # Azure # C# (.NET) # TypeScript # Angular
川田 雅彦
Masahiko Kawada
イオンスマートテクノロジー株式会社 Developer Enablementディビジョン SREユニット SREチーム SRE
2021年に新卒で大樹生命アイテクノロジーにてインフラエンジニアとして勤務。インフラ基盤の設計・構築・運用を中心に、システムの安定稼働や改善業務に携わってきた。
2023年にイオンスマートテクノロジー株式会社へ入社。現在はDevSecOpsディビジョン SREユニット SREチームにて、SREとして従事。監視・運用の高度化や自動化、信頼性向上に取り組み、サービスの安定提供を支えている。
累計2,000万ダウンロードを突破した「iAEON」アプリの開発・運用を通じ、イオングループのDX基盤を担うイオンスマートテクノロジー(AST)。サービスの信頼性を守るため、同社ではサービスの信頼性向上のためのエンジニアリング手法「SRE(Site Reliability Engineering)」の組織導入に注力し、他チームが自律的に動けるよう技術支援や教育を行う活動「Enabling」を軸とした文化醸成に取り組んできました。
2026年1月31日に開催された、SREコミュニティの活性化と技術的な交流を促進することを目的としたカンファレンス「SRE Kaigi 2026」に、ASTの若手エンジニア2名が登壇。異動からわずか2週間でSREに挑むことになった川田雅彦と、支援を受ける側から実践者へと変わった久保翔馬。二人のリアルな体験談を通じ、技術不安を払拭した「オンボーディング」の工夫や、開発チームを巻き込む「だっしゅぼーどを眺める会」の全容など、組織を動かすSRE実践の裏側をレポートします。
【目次】
技術不安を「できた」に変える。未経験からSRE実践者になるための3ステップ

川田まず、私たちイオンスマートテクノロジーのSREチームが担っている役割についてです。私たちのチームには大きく2つの側面があります。1つはプロダクトチーム(Stream-Aligned Team)にSREをEnablingすること、もう1つはプラットフォームチームとしてAzureやツールを使った基盤の整理や改善をすることです。

川田私がこのチームにジョインしたのは2025年4月のことでしたが、実は異動を伝えられたのはそのわずか2週間前でした。当時はSREという言葉すら知らず、慌てて検索しても難解な横文字が並ぶばかり。自分のような技術力では絶対に戦力になれない、怖い人たちの集まりなのではないか、と実は毎日転職サイトを眺めるほど強い不安を感じていたのを覚えています(苦笑)
そんな「SREって何?」という状態だった私が、どのように実践者への道を歩んでいったのか。そこには、チームが用意してくれた3つのステップがありました。

川田1つ目は、オンボーディングクエストによる全体像の理解です。Confluenceにはクエスト形式で業務準備を進められる資料が用意されていて、社内ネットワーク構成図や各プロダクトの概要資料へのリンクも一箇所にまとまっていました。手順に沿って順番に辿るだけで、環境理解と必要な前提知識のキャッチアップを同時に進められたのが大きかったです。
実は、私が新卒の時はちょうどコロナ禍で、教育係とも会えず地下室に2週間1人でこもって技術本を読み続けるという孤独な経験をしていて…。だからこそ、ASTの「いつでもチャットで相談でき、みんなで考える」温かい文化と、このオンボーディング資料には助けられました。

川田2つ目は、タスク着手における複数の開発者が1つの画面を見ながら共同で作業する手法「モブワーク」と「あったかい」文化です。TerraformなどのIaCを使った作業は、最初は1人で始めるのが難しかったのですが、画面共有しながらメンバーと一緒に手を動かして進める文化があり、立ち上がりを早められました。チャット上で「ちょっとわからないのですが……」とこぼせば、すぐに誰かが「一緒にやりましょう」と手を挙げてくれる。また、どんな些細なことでも、「これすごいね」と称え合う。そういう雰囲気が、心理的な安全性を生んでくれました。

川田そして3つ目が、スキルマップを活用した計画と振り返りです。漠然とした不安を解消するために、上司から「今日、明日、半年後に何をすべきか細かく刻め」というアドバイスを受け、目標をJIRAチケットに切り出していきました。小さな「できた」を積み重ねることで、成功体験を得られるようにマインドセットを整えていったのです。
SREチームへジョインして得た「3つの変化」と、未来への“やっていき宣言”
川田こうした環境で実践を重ねる中で、私の中に3つの大きな変化が生まれました。

川田まず、自分の意見を持ち、発信できるようになったことです。チームの意思決定を言語化する「ADR(Any Decision Record)」を活用し、決めたことを何でも言語化して残す習慣があります。以前は「仕事をこなせばいい」という気持ちもありましたが、その習慣のおかげで自律的に考えて行動し、自分の意見を資料に落とし込む重要性を学びました。これを作ること自体が、SREとしての観点を考える特訓になっています。

川田次に、自律的に課題を探すようになったことです。今のチームメンバーを見ていると非常に視野が広く、プロダクトチームとの接点から自ら課題を見つけてくるんです。その姿に刺激を受け、自分も能動的に動き、課題を見つけては解決したりADRに落とし込んだりすることを日々意識するようになりました。

川田最後に、不安だった技術面の進歩です。称賛文化の中で経験を積み、Terraformのプロに対しても根拠を持って技術的な対話ができるようになりました。プルリクエスト(PR)で、確信は持てなくても『ここはアウトプットだけでは実現できないはず』と技術的観点で会話できている自分のログを見て、前進を感じました。
ここまでを振り返って、自分のような人間でも少しずつですがSREを実践できるようになりました。大事なのは「意見を持つ」「言語化する」「自発的に課題を見つけて行動する」という3点です。

川田 特に対話しやすい関係性を築くために、今では1on1を積極的に申し込んだり、常に話しかけてコミュニケーションを取ることを大切にしています。また、PR内での会話のように、業務の中で関わる機会を工夫して、1日の中で何度も接点を持つことが距離を縮めるいいきっかけになると考えています。こうした積み重ねと、刻んだタスクを実践することで、今の自分があると思っています。
今後は自分がSREを理解して実践できるようになった経験を活かし、自分がEnablingできる人材になりたいと考えています。「やっていき宣言」として、これまでの「Enablingされた自分」から、「プロダクトチームにSREをEnablingする自分」へ視座を広げていくことをここに宣言します。ここからは、実際にSREチームがどのようなEnablingを行っているのか、支援を受けた側としての経験を久保さんにバトンタッチします。
「全員初見」のワイガヤMTG。「だっしゅぼーどを眺める会」から始まるEnabling

久保私は現在、iAEONアプリの開発を担うフロントエンド開発チーム(Stream-Aligned Team)におり、SREチームから支援を受ける立場にあります。今日はこの2つのチームが交わっている現場、具体的には「だっしゅぼーどを眺める会」という取り組みについてご紹介します。

久保私たちの現場で最も象徴的な取り組みが、週1回の定例ミーティング「だっしゅぼーどを眺める会」です。開発とSRE合わせて20名ほどが参加し、New Relicのダッシュボードや、Azure上にあるサーバーの状況を確認しています。
この会は決して「報告会」ではありません。事前準備はいらず、手ぶらで参加していいんです。実際の状況も、参加者全員がその場で初めて蓋を開けて確認する「全員初見」のスタイル。New RelicやAzureの画面を見ながら、「エラー増えてるね」「これなんだろう」とその場で原因の調査と対応策について会話します。
私自身、ASTに入る前はSaaSを開発していましたが、当時は規模が小さかったこともありパフォーマンスを日常的に確認する習慣はありませんでした。そんな私が1年半前、入社してすぐにこの「とっつきやすさ」に出会ったからこそ、自然とSREのプラクティスを実践することができました。
「SREの先導期」から「自走」へ。開発者がSREプラクティスを実践するまでの3フェーズ
久保この「眺める会」を軸としたEnablingは、約1年半をかけて3つのフェーズを経て進化してきました。

久保最初は「フェーズ1:SREの先導期」です。SREの担当者が司会進行し、開発側が質問に答える形式。SREというプロと一緒に見られる楽しさや安心感はありましたが、どうしても開発チームが受け身になりやすく、過去の事象は追えても先回りの予測が難しいという課題がありました。

久保そこから進化したのが「フェーズ2:発展期」です。月に一度、ビジネス部門やバックエンドチームも招く特別回を設けました。ここで翌月の大型キャンペーンや割引率の高いクーポンの配布予定などを共有してもらうことで、「この土曜日に負荷が高くなるかも」という予測が立ち、先回りのスケーリング対策ができるようになったんです。未来の事象に対して、部門を越えて手を打てるようになった大きな転換期でした。

久保現在は「フェーズ3:SAチーム主導期」に至っています。上司から「これからはSAチームで司会進行してみよう」という提案があり、持ち回りで担当するようになりました。自ら進行し、メモを取る必要性が出たことで、特定の誰かの記憶に頼ることなく、主体的に「ちゃんと聞こう」という意識が芽生えたのです。
振り返ってみると、眺める会の司会進行がほぼ苦労なく、気づいたら自分たちにしれっと移っていた。この「いつの間にか自走していた」プロセスこそが、SREによる「丁寧なEnablingプロセス」の結果だったのだと感じています。
なぜEnablingはうまくいったのか? 眺める会の「設計」とSREの「人柄」
久保私たちの自走が成功した要因は、大きく2つあると考えています。

久保1つは、ミーティングの設計構造です。事前準備がいらず、みんなで初めて見るからこそ「わかんない」と言いやすい。司会になっても別にプレッシャーがありません。もしこれが報告会だったら、事前に分析して要因をまとめて…と身構えますが、その場で初めて見るので「コストが5パーセント増えてるね、これなんだろう」と素直に言えるプレッシャーのない設計だったことが非常に大きいです。
もう1つの要因は、SREメンバーの「人柄」です。問題を自分事として捉えて伴走してくれる姿勢や、チャットでの盛り上げ、そして「この人たちと仲良くなりたい」と思わせてくれるチームの魅力。この安心感があったからこそ、私たちは心を開いて取り組むことができました。
現在SREとして活動されている皆さまが他チームをEnablingするのであれば、ぜひこの「とっつきやすさ」と、何かあったらすぐ助けるという安心感を与える「相談のしやすさ」を意識していただければと思います。

久保最後になりますが、SREじゃなかった僕たちが実践者になれたのは、SREチームによる「丁寧なEnablingプロセス」があったからに他なりません。その核心は、「対話しやすい関係性の構築」「実践的な学習機会の提供」「とっつきやすさの仕組みづくり」の3つの要素です。これらをSREチームがコツコツ積み重ねていった結果、私たちのような人が気づいたら実践していた。単なる技術導入ではないアプローチが、ASTの信頼性を支えています。

登壇を経て
──登壇準備をするなかで、いろいろと振り返られたかと思います。そこで気がついたことなどはありましたか?
久保振り返ると「いつの間にか」「しれっと」というように、何か私が意識してやったのではなく「気がついたら良くなっていた・改善されていた」んだなと気がつきました。なので、SREチームには「サーバント・リーダーシップ」でリードされたんだなと思いましたね。
川田私は自分がここまで来られたのは、オンボーディングクエストや一緒に手を動かす文化など、チームの仕組みや文化に支えられていたからだと実感しました。今後はこの仕組みを活用してSREを広げていきたいです。
──登壇してみて感じたことや受け取った感想、また今回の登壇経験を経て、次にやるならどんなテーマで発信したいなどはありますか?
久保「あのイオンが」という枕詞とともにコメントをもらうことが多かったですね。中規模企業では当たり前のことがJTC大企業であるイオンでも実践されている(され始めている)ことについて好意的にコメントをもらえたのは嬉しかったです。次に登壇するのであれば、フロントエンド開発チームとして、内製開発サミット等にでれたらなと思います!
川田想定とは大きく異なり、登壇後には「SREに興味がある」「実践過程で悩んでいる」など私と近い状況の方に声をかけていただきました。これから一緒にSREを実践していく仲間として意見交換ができたことが、貴重な時間になりました。現時点ではまだ具体的にイメージしきれていませんが、次回は自信を持って紹介できるような取り組みで登壇したいという目標ができました!

イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。
イオンスマートテクノロジーの採用情報もぜひご覧ください。
※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。
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