価格の最適化で小売の収益構造を変える──イオンが挑む「スマートプライシング」とは

価格の最適化で小売の収益構造を変える──イオンが挑む「スマートプライシング」とは

2026/2/10

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この記事を読むとわかること

・「買いやすさ」と「企業の持続的成長」の両立へ。AI活用で挑む小売の収益構造改革
・「価格の弾力性」をAIが判別し、値上げによる荒利改善と値下げによる売上最大化を支援
・PoCで荒利7%改善を達成。一方で露呈した値下げの難しさとカニバリゼーションの壁
・「単品」から「カテゴリ」全体での最適化へ。4象限分析で描く次なる進化のロードマップ

長引く物価高騰の波は、消費者の生活だけでなく、商品を供給する小売企業の経営にも大きな影響を及ぼしている。特に、収益構造が長年の課題であったスーパーマーケット業界にとって、収益性の改善は待ったなしの状況だ。

こうしたなか、イオングループが検討しているのが「スマートプライシング」だ。スマートプライシングとは、AIが過去の販売実績や需要動向などを分析し、商品ごとに収益と販売数のバランスが取れた最適価格を自動で導き出す仕組みである。

お客さまへの提供価値と、企業の継続的な成長をいかにして両立させるのか。今回は、プロジェクトを推進するイオンスマートテクノロジー(AST)データソリューションディビジョンのマネージャー 中田諭に、スマートプライシング開発の舞台裏と、その先に見据える未来について話を聞いた。

【目次】

企業の「理念」と「持続可能性」を両立させるための挑戦

イオンには『社会インフラとして、地域のお客さまにとって買いやすい価格で提供し続ける』という強い理念と信念があります。この姿勢を維持するためには、企業が持続的に成長できる収益構造を描かなければなりません。社会的に意義深いこの理念を支えるためにも、カテゴリに役割を持たせ、その役割に合った効果を求めなければなりません。(中田)

中田は、プロジェクトの背景にある葛藤をそう吐露する。流通・小売業界は、現在電気代の上昇や人件費の高騰、人口減少による労働力の減少など、社会的な情勢により厳しい局面に直面している。

単純な値上げで利益を得るのではなく、お客さまに納得してもらえる"最適な価格"を提案し、企業の持続可能性を担保する。この一見相反する2つを両立させるための手段として選ばれたのが、データとAIを活用したスマートプライシングだった。

また、現場のオペレーションにおいても課題は山積していた。価格決定はベテランバイヤーの経験と勘に依存する属人化の傾向にあり、メーカーとの商談や競合調査といった業務負荷も増大していた。スマートプライシングシステム導入による価格決定プロセスの標準化と工数削減は、現場の働き方改革という側面も担っている。

AIが最適な価格を提案してくれれば、調査時間が短縮でき、経験の浅い担当者でも標準化された業務が可能になります。商品の仕入れ・調達を担当する商品部の業務負荷を軽減することも、スマートプライシングの大きな狙いの1つでした。(中田)

スマートプライシングの導入目的と実施背景

値上げか、値下げか。AIが「弾力性」で見極める適正価格の正体

スマートプライシングの頭脳となるAIは、どのようなロジックで価格を決めているのだろうか。その核となるのが「価格の弾力性(弾性値)」だ。

価格の弾力性とは、価格の変動に対して需要(販売数)がどれだけ敏感に反応するかを数値化した指標であり、AIが過去の販売実績から商品ごとにこの指標を導き出し、最適な価格を提案する。

たとえば、有名ブランドのコーヒーのように固定ファンを持つ商品は、価格が多少上下しても「その商品が好きだから」という理由で指名買いされるため、販売数は大きく変動しない傾向がある。こうした「弾力性が低い」商品に対して、AIは適正な範囲での値上げを提案し、荒利益の改善を狙っていく。

対照的に、日配品などの競合商品が多いカテゴリーは、価格が下がれば敏感に反応して販売数が大きく伸びる傾向にある。このような「弾力性が高い」商品では、戦略的な値下げを提案することによって販売点数(売上)を最大化するアプローチが採られる。

このように、AIが商品ごとの特性を判別して最適な価格戦略を使い分けるのだ。このロジックは、先行する中国のイオングループで導入され、すでに3〜5%の荒利率改善という実績を残していた。この成功事例をベースに、日本市場の特性に合わせた開発がスタートしたのである。将来的には全店導入が進む電子棚札(ESL)と連携し、タイムリーかつ正確な価格変更を実現することで、さらなるシナジーが期待されている。

※本記事中の「荒利」は、一般的に用いられる「粗利」を指しています。

PoCでは想定以上の改善。その裏に見えた値下げ戦略の難しさ

2024年度、日本国内の店舗でPoCが実施された。売上構成比の高い加工食品や日配食品を対象とし、約2000SKUのなかから、AIが価格変更を提案した約700SKUで検証が行われた。

結果は、明確な成果と課題を示すものだった。

成果として、値上げ対象商品の荒利は想定した目標数値以上に改善しました。これは中国での事例をさらに大幅に上回るものでした。AIが顧客の購買行動と予想される販売数量を正確に見極めた結果です。(中田)

一方で、中田は「手放しで喜べる状況ではなかった」とも振り返る。値下げ対象商品の販売点数が、期待したほど伸びなかったのだ。

値下げ対象商品は、たとえば100円を95円といったように、最大5%程度の価格変更を行いましたが、値下げした事実がお客さまに認知されていなかったのではないかと分析しています。価格のインパクトも弱く、新規の購買につながりにくかったというのもあるかもしれません。(中田)

結果として、値上げによる利益増から、値下げ戦略が振るわなかったことによる荒利減を差し引き、総合的な改善効果は約4万5000円ほどにとどまった。

数値だけ見ればプラスですが、値下げ戦略が期待どおりに機能しなかった点は大きな課題です。「もっと長期的に見て客数の増減を見なければ本当の成功とは言えないのでは」という厳しいご指摘もいただきました。(中田)

この値下げ戦略の難しさという現実は、プロジェクトを次なるフェーズへと進化させるきっかけとなった。

「単品」から「カテゴリ」分析へ。カニバリゼーションを防ぐ戦略の進化

PoCで明らかになった課題を受け、2025年度のプロジェクトではロジックを大きく進化させる。それが「単品最適化」から「カテゴリ戦略」への転換だ。

単品だけで最適化を図ると、カニバリゼーションが起こります。たとえば、あるヨーグルトを値下げしたところ、自社のプライベートブランドのヨーグルトが売れなくなった、という事例が実際にありました。これからは商品単体ではなく、商品"群"で役割を定義していく必要があります。(中田)

カテゴリー戦略とは、それぞれの商品群=カテゴリー全体に明確な役割を持たせる考え方だ。たとえば、「鶏肉は日常使いの『ケ』型商品として集客を担う」「牛肉は特別な日の『ハレ型』の商品として利益を確保する」「お菓子や飲料は集客のために投資的に値下げをするカテゴリと位置づける」といった具合である。

2025年度は、この役割定義をシステムに組み込むため、新たなロジックを導入する。その鍵となるのが、価格弾力性とPI値(購買点数)を使った4象限での分析だ。

PI値とは、レジ通過客1,000人当たりの購買点数を示す指標だ。つまり、その商品がどれだけ多くの頻度でお客さまの買い物カゴに入っているか、といういわば"支持の強さ"を表している。

このPI値と弾力性を掛け合わせることで、たとえば「よく買われる商品で、かつ価格に敏感なもの(高PI・高弾力性)」は値下げして集客の柱にし、「あまり買われないが、価格を変えても需要が変わらないもの(低PI・低弾力性)」は利益確保の柱にするといった、トータルバランスで収益最大化を目指すより立体的な戦略が可能になる。

価格評価指標を用いた分布別の改善策

現在はイオンデータイノベーションセンター(DIC)のデータアナリストチームと共同開発体制を組み、新モデルのロジックの精度向上に挑んでいる。まずはグループ基準となるカテゴリ戦略を確立し、それを店舗で実証すること。これが直近のロードマップだ。

「買いやすさ」と「稼ぐ力」を両立せよ。データが導く、持続可能なスーパーマーケットの形

この前例のないプロジェクトを進めるうえで最も苦労した点について、中田は「技術的な問題よりも、イオンの理念とのすり合わせだった」と語る。

現場には『価格決定』そのものに強い哲学があります。しかし、企業の持続的成長のためには利益構造の改善も必須です。この一見矛盾する命題のあいだで、最適なバランス点を探り続ける作業こそが、最も重要で大変な部分でした。(中田)

スマートプライシングが目指すゴールは、単なる売価自動決定システムの導入ではない。中長期的な展望として、プロジェクトでは、グループ全体への展開、そして最終的には店舗ごとの特性に合わせた個別最適化を見据えている。画一的な価格ではなく、その店のお客さまのニーズに合わせた最適なカテゴリー役割と価格を提案する──。スマートプライシングは、「お客さまにとっての買いやすさ」と「企業の持続的成長」を両立させるための"最適解"を、AIという新たなパートナーと共に模索し続けるプロセスそのものだ。

この挑戦の先に、顧客、従業員、そして企業が共に豊かになる、新しい小売の未来が描かれようとしている。


イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。

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