AI活用が進化する未来に、エンジニアは“なぜ作るのか”を問う ──イオン株式会社執行役デジタル担当・太田卓也氏が描く、小売の変化とデジタル戦略 

AI活用が進化する未来に、エンジニアは“なぜ作るのか”を問う ──イオン株式会社執行役デジタル担当・太田卓也氏が描く、小売の変化とデジタル戦略 

2026/7/28

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この記事を読むとわかること

・AI時代に、小売業とサプライチェーンはどう変わっていくのか
・イオンが進める「グループ横断DX」と「事業別DX」の全体像
・ASTで働くエンジニアが挑戦できる領域とキャリアとは

2026年、イオン株式会社の執行役デジタル担当に太田卓也氏が就任した。同時に、グループのデジタル機能会社であるイオンスマートテクノロジー(AST)、イオンマーケティング(AMK)2社の社長も兼任する。マーケティングとデジタルの両領域を知る太田氏をトップに据えたことは、イオンのデジタル戦略にどのような意味を持つのか。20年にわたり小売×ITを取材してきた筆者が、太田氏本人に聞く。(取材・執筆:プレーンテキスト 鹿野恵子)

【目次】

小売業界の現在地――サプライチェーンがお客さま起点に変わる

――太田さんはP&Gやマクドナルドなどの外資系企業や日系大手企業、またスタートアップでもご活躍され、キャリアの半分がマーケティング、残り半分がデジタルというご経歴です。イオンを選んだ理由を教えてください。

太田この先、社会や市場、お客さまは大きく変化していくと考えています。イオンは生活との接点が幅広く、事業領域も小売をはじめ金融やモールなど多岐にわたるのが特徴です。その変化の中、この環境で新しいものをつくることにチャレンジしたいと考えました。

入社して予想以上に難易度が高いと感じたのは、グループ会社が300社あり、かなり複雑だということです。大変ではありますが、だからこそ、もっとシンプルにできる部分や、グループ横断のスケールを生かせる部分は大きいと考えています。

――今の日本の小売業界には、どのようなポテンシャルがあると思われますか。

太田日本の小売業は、デジタル化していく余地が非常に大きい。逆に言えば、他業界と比べて遅れているということかもしれません。

この先、私は小売を起点として、産業構造が大きく変わっていくと考えています。

――産業構造が小売を起点に変わる。ずいぶん大きなお話です。

太田テクノロジーの進化を背景に、お客さまの購買行動や生活の意識が変化しています。その変化を最も近くで捉えられるのが、顧客接点を持つ小売業です。だからこそ、小売業を起点に、サプライチェーンを含めた構造が大きく変わっていくとみています。

たとえば製造小売業(SPA)の領域では、お客さま起点で商品企画から調達、製造、販売までを見直す動きが進んでいます。それらの企業は、情報技術を駆使しながら事業を進め、高い収益性を実現しています。

イオンでも、プライベートブランド「トップバリュ」の売上が1兆円を超えました。いずれもお客さま起点でサプライチェーン全体の構造改革に取り組んだ例です。今後は、そこからどんな顧客価値を生み出すのかが試されると思います。

――顧客接点は単なる販売の場ではなく、産業を動かす起点になりうるということですね。

太田お客さまの「選び方」が大きく変わっていくと思います。事業者側とお客さま側の双方でデータ活用が進むと、AIが一人ひとりの嗜好や生活行動と、商品・サービスの情報を照合し、「こうした方がよい」という選択肢を提示するようになります。何を買うか、何を食べるか、週末をどう過ごすか——そうした日々の選択の多くが、AIが整えた選択肢の中から行われていくような世界です。お客さまは自分で選んでいるようで、実はAIの提案を前提に選ぶようになり「選んでいるようで、選ばない」状態に近づいていくのではないかと考えています。

こうした合理的な選択肢の提示が進めば進むほど、非合理的な選択の価値も上がってくる可能性があります。合理的な世界と非合理的な世界の2つが、顧客行動の中で相当なスピードで進展していくのではないでしょうか。

――その変化は、どれぐらいのスパンで来ると考えていますか。

太田10年……いや、5年程度で来るのではないでしょうか。

――ウォルマートをはじめとするグローバルプレイヤーは急速にデジタルシフトを進めています。世界と比べて、日本の動きをどう見ていますか。

太田重要なのは、ポートフォリオの中でデジタルやデータにどれだけ投資しているかです。小売業にとって新規出店や店舗改装といったフィジカルな投資は必要不可欠ですが、グループ全体でデジタルに投資しながら、いかにビジネスモデルをアップデートしていくかが今後の焦点になるでしょう。

――2026年の5月に発表された『グループ中期経営計画』を受けた新しいデジタルの方針では、デジタル化の遅れに対する痛烈な危機感を感じました。この危機感はどこから来ているのでしょうか。

太田変化対応の必要性が非常に高まっているからです。小売業の中でも優勝劣敗がはっきりと出つつあります。業界内で構造転換が起きつつある状況で、イオンもこの5年でかなり大きく転換しなければいけない可能性があります。それが大きな背景です。

加えて、各社が積み重ねてきた取り組みを活かしながら、グループ全体でデータや顧客接点をつなぎ、スケールメリットをより発揮できる仕組みにしていく必要があります。各社の独自性とグループ全体の最適化をどう両立するかが、これからのデジタル戦略の重要なテーマです。 

グループ中期経営計画の柱――グループ横断DXと事業別DX

――『グループ中期経営計画』のデジタル領域における最大のポイントを教えてください。

太田グループ全体で進める「グループ横断DX」と、それと対になる、事業会社それぞれが進める「事業別DX」という概念を提示しました。

イオングループは営業収益10兆円以上、従業員65万人以上というスケールを持ち、お客さまとの接点も数千万規模に及びます。これらをグループ全体の強みとして、いかに戦略的に活用するか。その議論が非常に重要になっているのが背景です。事業会社各社の自主性や独自性ももちろん重要ですが、「規模の経営」によって得られるスケールメリットを生かしていくべきだという考えです。

――グループ横断DXでは「300の事業会社を1社のように束ねる」と宣言されています。業態もさまざまな事業会社を、どう束ねるのでしょうか。

太田まず議論すべきは、「ひとつの会社のように経営する」ために必要なデータは何か、という点です。そのデータを全社で標準化し、統合し、可視化することで、初めてグループ全体の経営が実現できます。

どこまで標準化するかは業態によって異なりますが、そうしたデータを基に、経営の品質を高めていきたいですね。

――標準化を進めることにより、各社の独自性が損なわれるのではないかという危惧についてはどのようにお考えですか。

太田標準化は、必ずしも各社の独自性を阻害するものではありません。標準化されたオペレーションやデータの上で、各社が独自性を持って戦略や顧客体験を設計すればいい。グループ横断DXと事業別DXは共存していくものであって、二律背反ではないと考えています。

業態を超えたデータ標準化実現のために

――商品マスターの標準化やサプライチェーンでのデータ流通は、小売業界の長年の課題で、これまで何度も挑戦と失敗が繰り返されてきました。今回はどのようなアプローチで進めるのでしょうか。

太田標準化の「徹底」が重要だと考えています。グループ横断DXでは、個々の業態や企業ごとの要件に左右されない、標準化されたものに絞り込んでシステム化し、運用します。個別企業の要件はどうしてもありますが、それはグループ横断DXの対象外とする方向です。共通部分は徹底的に標準化し、シンプルに作り上げることが重要です。

今回、商品マスターは国際規格に準拠した内容で進めますが、それを総合スーパー、食品スーパー、ディスカウントストア、ドラッグストアなどの業態を横断して使えるものにすることに挑戦しようとしています。

小売業はオペレーションが複雑で、現場の知見が深い。だからこそ、現場から要件がたくさん上がってきますが、それを全て汲むとシステムが複雑化し、開発・運用コストが膨らんでしまいます。これまで各社が個別に最適化してきたのはそのほうが投資対効果を説明しやすかったからです。

一方で、標準化しようとすると、実は各社が共通して使っている部分がかなりあるとわかりました。たとえばGMS(総合スーパー)のような特定の業態でしか使わない機能は事業会社に個別に作ってもらい、グループ横断で構築すべき部分にはその要件を取り込まず、分けながら進めていきます。

――太田さんが社内向けに発表された『デジタル政策方針の実行計画』では「リアルタイム経営」(※)にも触れられています。実現には事業会社側の業務改革が必要ですね。

(※編注:これまで把握できていなかったグループ全体の情報を可視化し、グループ全体での経営資源最適配分を実現すること)

太田はい。データの標準化のためには、データを発生させる「業務」の標準化も求められます。これは非常に重いと考えています。現場の動き方、人やモノの配置の仕方が変わるからです。レジ作業でのレシートの取り扱い、納品作業での在庫認識、売上の計上タイミングといった各社の業務フローを、データの標準化に付随して再定義していくことになります。

これは事業会社のトップと組織全体にコミットしてもらうことでしか成し得ません。現在いくつかの事業会社と具体的な話を進めていますが、むしろ各社の方から「やりたい」という声があがり、自らイニシアチブを取って取り組んでいただいています。

――業態も多様で、データの品質にもばらつきがあるはずです。その複雑性にどう向き合いますか。

太田「全てをやろうとしない」のがひとつです。どこにどういう状態でデータがあるのかを把握した上で、データを定義・集約しながら、事業への活用を絞り込んで議論していく。特に事業機会が大きいところ、経営管理に影響を与えるところに焦点を当てて、データの整備・活用を進めたいですね。

データには大きく言えば「業務系データ」と「顧客データ」の2つがあります。業務系データは、小売でいえば仕入・在庫・販売、全社的にはお金の流れや資産の状況などです。経営や戦略との関係性が高い情報を見極めて集約し、全社として管理・経営できる状態に持っていきたいと考えています。

ただし、これは経営管理のためだけに行うものではありません。業務やグループ全体の動き方を変え、最終的にはお客さまに提供する価値を高めていく。その意味で、業務系データと顧客データは分けて考えるものではなく、つなげて活用していくべきです。 

顧客データもグループ内に散在しています。属性データから購買履歴、行動履歴、今後はお客さまとの対話から得られる情報も蓄積されていくでしょう。お客さまの同意・プライバシー保護は前提ですが、それらを一意化して、特定のお客さまとして認識できる状態にする。Aさんがどこで何を買い、どういう対話をしたのかが、グループのどの接点であってもAさんを軸に集約されている仕組みをつくる。それにより、顧客データを基盤とした事業活動が推進できるようになります。

――顧客データを基盤とした事業活動とは、具体的にどういうことでしょうか。

太田「生活インフラ」の構築です。イオンが持つショッピングモール、スーパーマーケット、金融などの事業は、それぞれ生活インフラの役割を果たしています。今は別々に動いているこれらを、iAEONを軸としたひとつの顧客体験にしていきたいですね。

お客さまが生活する上で必要な商品やサービス、体験や情報が、生活インフラの中で流通する。今後はAIショッピングエージェントなども台頭してくるでしょう。冒頭で、AIによってお客さまの選択のあり方が変わっていくという話をしましたが、対話すればするほど流通が個別のお客さまにマッチングし、自動化されていく。非常に合理化された世界観になるとみています。

ただ、私たちは店舗というリアルの顧客接点と商材、顧客基盤を持つ一方、ネットや非食品領域などのサービスはまだまだ薄い。そういった領域も含めて、顧客基盤の中でどういう商品やサービスを提供していくのか、議論が必要だと考えています。

ASTに求められるのは、担う業務領域の拡大と品質・スピードの進化

――イオン株式会社のデジタル担当と同時に、AST(イオンスマートテクノロジー)とAMK(イオンマーケティング)の社長も兼任されます。狙いを教えてください。

太田イオン株式会社でグループ横断DXのグランドデザインを描き、それを現場に落とし込んでいきます。そのためには技術とマーケティング分野の一体的な運営が必要です。

これまでは事業会社から「こういうものを作りたい」という相談を受けて、ASTやAMKが対応する側面もありました。今後はイオン株式会社でデジタルの方針を作り、その実装をASTとAMKが担います。

ただし両社の役割は、個別の依頼に応えるだけではありません。各社がバラバラに取り組んできたものをつなぎ、グループ全体で見たときの“ベストプラクティス”を構想して形にする——個社最適ではなくグループ全体最適に向かう主体だと考えています。方針と実行について一体感を持った経営が必要だということで、私が双方のトップを兼任することになりました。

――『グループ中期経営計画』を実行するために、ASTにはどのような変化を期待しますか。

太田変化すべきは「領域」と「品質・スピード」です。「領域」は、商品、物流、店舗、財務会計という実務のコアの部分から、フロントエンドまで、幅広い領域を取り扱うということ。さらにそれらに機能を実装し、検証する品質とスピードをいかに高めるか。「実装を担える組織としての能力」を、ASTは持たねばなりません。

対応する「量」もかなり大きくなりますから、現在の社員数では消化しきれません。内製化を進めながら、組織そのものを拡大・強化していく必要があります。

専門領域の幅も広いので、業務系・基幹系からフロントエンド、カスタマーエクスペリエンスまで、それぞれの専門性と、迅速に回すプロセスを作り込み、組織としての機動性を高めていきたいですね。

エンジニアに求めるのは「なぜ作るのか」を考えること

――テクノロジー人材には、どのようなことを期待しますか。

太田AIの登場で、エンジニアのキャリアはかなり変化していくと思います。これまでは事業部門からの依頼に応じてシステムを構築することが多かったかもしれませんが、「作る」部分はAIによって自動化・合理化されていきます。今後はより「なぜそれを作るのか」「どういう意味があるのか」が重要になる。

ASTの仕事は、イオンの経営判断を支えるデータ基盤の整備から、店舗やアプリといった顧客接点でのお客さま体験までつながっています。受け取ったものだけで判断するのではなく、経営戦略から現場まで、大きなコンテキストを理解しながら、新しいテクノロジーをいち早く取り入れ、価値を創造していただきたいですね。

――エンジニアが成長できるキャリアを、会社としてどう提供していこうとお考えでしょうか。

太田キャリアに一番大きな影響を与えるのは、どのようなプロジェクトにアサインされるかです。職務内容・役割・責任によって人は成長します。ASTはこれから事業領域を拡大しながら、同時に高度化もしていくという、かなりストレッチな環境に入ります。これまで扱ってこなかった領域への挑戦を通じて、自分が深めたい専門性や成長を実現していってほしいと思います。

――どのような人がASTで働くのに向いていると思われますか。

太田社会に対して影響を与えていきたいという意識を持っている方ですね

一部の機能の構築だけを担うのではなく、自分が関わるシステムやサービスがお客さまの生活の課題をどう解決しているのか、店舗でどう使われているのか。そこまで見ていくのがエンジニアの責任領域だと私は考えています。成果物とその意味まで、自分事として考えたい方に向いているのではないでしょうか。

――そういう意味で、ASTの仕事は、自分の仕事が現場やお客さま体験にどうつながっているのかを、店舗で実感できるよさがあります。

太田そうですね。

それと、新しいカルチャー作りにも取り組んでいきたいですね。私にはスタートアップでの経験もありますが、スタートアップは意思決定が早く、どんどん失敗してどんどん改善するサイクルを回しています。一方、大企業には合意形成や調整に時間がかかるという現実があります。スタートアップのカルチャーや意思決定のスピードを、イオンのような大企業でも遜色なく実現できるか。組織を細分化する、ユニットに裁量を持たせるなど、やり方はいろいろあるはずです。

互いに意見を言いながら改善していくカルチャーをつくる。この規模でやれるかどうかはチャレンジングですが、今後取り組んでいきたいですね。



イオングループでは、こうした変革に一緒に挑んでくれる仲間を募集しています。

「巨大な企業組織を、内側からテクノロジーと対話で動かしていく」ことに興味がある方は、お気軽にご連絡ください。カジュアル面談も実施しておりますので、まずはざっくばらんにお話しましょう!

※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

この記事を書いた人

鹿野恵子

小売・ITジャーナリスト、編集者
1978年、宮城県仙台市出身。2001年、早稲田大学法学部卒業後、株式会社アスキー、株式会社商業界(月刊食品商業、月刊商業界)、ITベンチャーを経て2015年に制作会社のプレーンテキスト(http://plain-text.jp)を設立。流通小売業とテクノロジー、スタートアップについての取材・執筆を続ける。現在メルマガ「リテールアトラス(https://retailatlasjp.substack.com/)」運営中。著書に「店舗を読み解く技術シリーズ」、編著書に「リアル店舗は消えるのか?」(発行:日経BP)がある。

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