イオンの従業員向けAIプロダクト「Query Vision(クエリビジョン)」──開発ストーリーと社会実装のリアル 

イオンの従業員向けAIプロダクト「Query Vision(クエリビジョン)」──開発ストーリーと社会実装のリアル 

2025/10/7

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この記事に登場している人

八木 研一郎

Kenichiro Yagi

イオン株式会社 データイノベーションセンター(DIC) 統括マネージャー
メーカー系SIerにてITコンサルタントとして従事。2019年8月にイオンへ入社し、
データ共有のための基盤構築、データイノベーションセンターの立ち上げ、データ活用プロジェクトの立ち上げと推進などに取り組む。

    趙 堃

    Zhao Kun

    イオン株式会社 データイノベーションセンター(DIC) プリンシパルデータサイエンティスト
    イオンにおいて生成AI・機械学習を活用し、小売・金融・商品開発など幅広い領域でデータサイエンスを実装。データサイエンスチームを率い、金融データ解析や需要予測、立地最適化、レコメンド、解約予測、SNS解析などを推進している。これまでにボストン・コンサルティング・グループ(BCG)での機械学習応用、IBM基礎研での自然言語処理・時系列解析に従事。特許12件、論文多数を有し、京都大学工学博士(1年短縮修了)。

    澤山 幸司

    Koji Sawayama

    イオン北海道株式会社 商品副本部 グロサリーフィールドマン
    新卒で株式会社ダイエー入社。2015年にイオン北海道へ転籍し、2022年より現職。同年春にデジタルハンズオンセミナーに参加、卒業後も他のセミナー参加者と繋がりを持ち、イノベーションにつながる課題解決や業務効率化を模索しています。

    この記事を読むとわかること

    ・イオングループのデータイノベーションセンター(DIC)が開発した、自然言語でデータを呼び出せるAI「Query Vision」の開発背景と狙い
    ・「去年の売上は?」といった現場のシンプルな質問を、従来1週間かかっていた回答から"即時"に変えた仕組み
    ・自然言語の「曖昧さ」という大きな壁に直面し、データ整備・プロンプト設計・ユーザーフィードバックで精度を高めてきたプロセス
    ・誤解や不正確さを防ぐために導入された「AIジャッジ」機能など、"使われるAI"を実現するための具体的な工夫
    ・開発者、橋渡し役、現場ユーザーそれぞれの視点から見えた「技術だけでは届かない」社会実装のリアル

    イオングループのデータ活用とデータドリブン経営を推進する専門組織「データイノベーションセンター(DIC)」(※)が開発した「DIC Query Vision」は、自然言語でデータを呼び出せるAIサービスだ。現場からの「去年の売上は?」「最も売れている商品カテゴリーは?」といった問い合わせに対して、従来1週間程度かかっていた回答を瞬時に提供する。

    開発チームの趙は、LLMを活用したアーキテクチャの構築に取り組んだが、「言葉の曖昧性」という予想以上に高い壁に直面した。現場との橋渡し役を担った八木は、「使われていない」という現実に向き合った。そして実際に使い始めたイオン北海道の澤山は、「売上」という単語1つでも期待どおりの回答が得られない難しさを体験した。

    技術的な完成度だけでは現場に届かない──。三者の経験から見えてきたのは、"使われるAI"を実現するための具体的な課題と解決策だった。

    (※)データイノベーションセンター(DIC)についてはこちらの記事をご覧ください。

    【目次】

    自然言語でデータを呼び出す"現場接続型AI"

    DIC Query Vision(以下、Query Vision)は、データ分析の専門的なスキルを持たない現場スタッフでも、イオンが保有する膨大なデータを簡単に活用できるよう開発されたツールだ。自然言語で問いかけるだけで、AIが質問を解析し、適切なデータを自動で抽出・可視化する。

    開発チームの趙は、Query Visionのコンセプトを"現場接続型AI"と表現する。

    私たちDICのメンバーは、AIの専門家としてデータ分析の知見を備えています。しかし本当に重要なのは、現場の方々が自分でデータを活用できること。そこで、現場に届くAI、すなわち"現場接続型AI"という思想で開発したのが、『Query Vision』です。(趙)

    Query Visionが開発された背景には、現場からデータ専門チームへの頻繁な問い合わせが生じているという、データ活用における具体的な課題があった。従来のプロセスでは、専門チームがSQLを用いてデータを抽出し、レポートを作成するまで約1週間を要していた。

    しかし、このタイムラグが、現場での迅速な意思決定を妨げる要因となっていた。現場での意思決定スピードとのギャップを埋めるため、現場スタッフ自らがデータを扱える環境づくりを目指したのである。

    精度向上の鍵は、データ整備と地道な改善

    Query Visionは、自然言語からSQLへの変換に大規模言語モデル(LLM)を活用している。ユーザーが自然言語で問い合わせると、AIが質問を解析してSQLを生成し、データベースからデータを抽出して可視化する仕組みだ。

    ただし、既存のLLMをそのまま使うだけでは、実行可能なSQLを安定して生成することは困難だった。そこで、精度向上に向けた複数のアプローチが必要になった。

    最も重要だったのは、データベースの整備である。趙は「そもそもきれいなデータがなければ、ユーザーが欲しい情報を生成できない」と指摘する。

    たとえば、店舗データに住所が欠けていれば、「北海道の特定地域の店舗売上」を問い合わせても適切な回答ができない。そのため、スキーマ設計やデータ品質の向上に相当な労力を投入したという。

    データベースの整備と並行して、自然言語からSQLへの変換の精度を高めるため、多角的なアプローチでチューニングを実施した。データベースのスキーマ情報をLLMにコンテキストとして提示し、プロンプト設計を改善。過去の問い合わせログから抽出した自然言語とSQLのペアをFew-shot事例として活用し、分析時の区切り幅など出力ルールも明示した。

    類似する問い合わせパターンを利用履歴から確認し、安定して同じ結果を得られるよう多数のサンプルを用意しました。(趙)

    これらのサンプルや指示を利用履歴・ユーザーフィードバックに基づいて継続的に改善することで、変換の精度向上を実現している。

    「言葉の曖昧性」という最大のハードル

    Query Visionの開発において直面した最大の課題は、自然言語が持つ「曖昧性」への対処だった。人間同士の会話でも理解のずれが生じるように、AIと人間のあいだでも同様の問題が発生する。

    たとえば、『千葉で最も売れている店舗は?』と聞かれた場合、『千葉』が千葉県全体を指すのか、千葉市を指すのか、AIには判断できません。ユーザーは『千葉県』を意図していたのに、AIが『千葉市』として解釈すれば、まったく異なる結果を返すことになります。(趙)

    この課題への解決策として開発されたのが「AIジャッジ」機能だ。同機能では、AIが出した結果を、さらにAIが判定し、「この結果は間違っている可能性があります」とユーザーに提示する。100%の正確性を保証できないからこそ、AIが自ら間違いの可能性を指摘することで、ユーザーは自身の質問が曖昧であったことに気づき、より具体的な言葉で質問を修正することができる。

    「千葉で最も売れている店舗は?」という質問に対してAIが千葉県全体のデータを出した場合、AIジャッジは「ユーザーが千葉市について聞きたい場合、具体的に千葉市と質問してください」と促す。このように、AIがユーザーを正しい質問へと誘導することで、全体の正確性を高めているのだ。

    趙は、こうした課題解決方法について「画期的なアルゴリズムを生み出すというよりは、むしろ地道な改善作業の積み重ね」と強調する。

    『ここはうまくいった』と思えば、また別の問題が見つかります。完璧なものを作るのは非常に難しいですが、1つずつ課題を潰していく努力を続けています。(趙)

    現場への浸透──「使われていない」という次なる課題

    技術的な完成度が向上しても、現場での活用は別の難しさがあった。従来のダッシュボードや定型レポートに慣れた従業員にとって、自ら問いかけて分析する対話型ツールを使いこなすのは、想像以上にハードルが高かったのだ。

    現場との橋渡し役を担った八木は言う「正直、『使われていないな』と感じました。ChatGPTが登場したときと同じように、よほどの必要性がない限り、自ら触ってその良さに気づくことは難しい。どうやってきっかけを作っていくかが大きな課題でした。(八木)

    八木は課題を解決すべく、イオングループ従業員のITリテラシー向上を目的とした「デジタルアカデミー」でのワークショップ開催、各種ミーティングでの紹介など、地道に普及活動を続けた。

    関連記事:「デジアカ」が牽引するイオンのプロトタイピング文化

    転機となったのは、熱量の高いユーザーとの出会いだった。イオン北海道の澤山のようなデジタルツール利用に積極的なユーザーが現れ、実際に使い込んで具体的なフィードバックを提供してくれたのである。

    現場からの視点──実際に使ってみてわかったこと

    澤山は、イオン北海道でデジタルツールを活用する現場スタッフの一人だ。デジタルアカデミーでの研修を通じて、現場の知識と経験をデジタルツールと組み合わせることでより効率的な業務が可能になると確信していた。

    社内の有志で「デジタルアベンジャーズ」と名付けたチームを結成し、生成AIの業務活用を経営層に直談判した経験もある。

    そんな澤山でさえ、Query Visionの操作は一筋縄ではいかなかったという。「ChatGPTなどで自然言語での操作に慣れていたつもりでしたが、当初は期待どおりの回答を得るのは困難でした」と澤山は振り返る。

    具体的な課題として、やはり「言葉の曖昧性」があった。「売上」という言葉ひとつとっても、「売上数量」なのか「売上高」なのか、AIが認識する正確な表現を理解する必要があった。

    既存の売上分析ツールが選択肢から選ぶ仕組みだったのに対し、自然言語入力では、システムがどこまでデータを持っているかを探るところから始める必要があり、これもハードルとなった。

    しかし、慣れてくると大きなメリットを実感できた。データの可視化が自動化され、Excelでのグラフ作成作業も省略できる利便性は明らかだった。

    特に価値を感じたのは、現場で多角的な分析が可能になった点だという。従来のツールには販売履歴データしかなかったが、Query Visionでは、営業時間、住所、駐車場台数などといった店舗情報と販売データを組み合わせた分析が可能になった。「客数と駐車場台数の相関性」のような、これまで困難だった分析も自然言語で簡単に実行できる。

    55歳以上向けの割引デー『G.G.感謝デー』の効果を年齢層別に分析し、どの層にどのような売上や客数の変化があったかを可視化できるようになったのも、大きな成果でした。(澤山)

    八木も、現場からのフィードバックが新たなデータ整備のきっかけになっていることを明かした。

    Query Visionに入っているデータは、開発側が想定していなかったような形で活用されることもあります。POSデータがメインですが、店舗情報など世の中に公開されているデータも入れています。

    ユーザーが実際に使っていくなかで、『予算との差異を見たい』といった要望が出てきたり、店舗の形態の分け方が事業会社によって異なったりと、まだまだ追加すべきデータがあることを日々実感しています。(八木)

    現場にデジタルツールを普及させるための3つの条件

    澤山は、現場にデジタルツールを普及させるための条件として、次の3点を挙げた。

    まず、現在の業務の仕方に対して、「このままではいけない」という問題意識を持っている人を見つけること。

    問題意識がなければ、どれほど便利なツールであっても耳を傾けてもらえません。問題意識を持ってもらったうえで、『これを使ったら、こんなに良いことがあるんだよ』と、具体的なメリットを伝えるとよいでしょう。(澤山)

    次に、情報を伝えたい仲間を集めて発信すること。1人で声を上げるよりも、仲間とともに発信することで、影響力は大きくなる。先に紹介したデジタルアベンジャーズの取り組みはまさにその一例だ。

    そして、澤山が最も強調したのが、開発側とのコミュニケーション、特に「距離感の近さ」だ。

    現場には新しいシステムが次々と導入されますが、そのすべてが100点満点であるはずがありません。しかし、これまでは『与えられたもので何とかする』という風潮があり、改善点を開発側に伝えることが良いことなのかどうか、迷う時期がありました。

    しかし、DICの八木さんたちは、積極的に現場に顔を出してくれて、チャットでも気軽にコミュニケーションを取ってくれます。『八木さん、これってできないですかね?』と率直に相談できる空気感があるんです。忖度せずに、思ったことを伝えられる関係性が非常に重要だと感じています。(澤山)

    AIと現場をつなぐために本当に必要なこと

    Query Visionは、今後も予測機能や、レポート作成まで自動化するマルチエージェントシステムの搭載など、進化を続けていく。

    技術、現場、そして両者をつなぐ立場。三者は、"現場に届くAI"の実現に不可欠な要素をどう考えているだろうか。

    開発者の趙は「使いやすさ」を挙げる。「AIスキルを持たないユーザーでも日常感覚で使えるインターフェースの実現が不可欠」だという。

    橋渡し役の八木は「教え合い・共有」の重要性を説く。「成功事例を共有し、グループ全体で活用の輪を広げていく文化が、能動的な利用を促す」と考えている。

    現場の澤山は「仲間づくりと距離感」が鍵だと語る。「課題意識を持つ仲間と共に声を上げ、開発チームとの率直なコミュニケーションを通じて、実用的なシステムに育て上げることが必要」だという。

    Query Visionの取り組みは、AIの技術的完成度だけでなく、組織的な取り組みと継続的なコミュニケーションが社会実装の成否を分けることを示している。”現場に届くAI”を実現する道のりは決して平坦ではないが、地道な取り組みの積み重ねにより、確実に前進している。


    DIC(データイノベーションセンター)では、データサイエンティストなどのポジションを募集しています。少しでもご興味をもった方は、ぜひこちらからカジュアル面談にご応募ください。

    ※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

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