
「AIの効果は“組織の能力”に比例する」イオングループの膨大なデータを自然言語で解き放つ、データ構造と組織の変革戦略-第6回 Snowflake Japan Retail Club 登壇レポート-
2026/5/12

イオングループのマーケティング会社として、共通ポイント事業やマーケティングソリューション事業などを展開するイオンマーケティング。同社は「WAON POINT」を中心に、年間4.2兆円にも及ぶ巨大な購買データなどを扱っています。この膨大なデータを統合し、各事業の迅速なマーケティング施策へと繋げていくIT組織のミッションは、昨今の経営において非常に重要度を増しています。
2026年1月22日(木)に行われた「第6回 Snowflake Japan Retail Club」に、同社CTOの加藤真史が登壇しました。「自然言語分析の未来」というテーマのもと、自然言語分析ツールの開発事例を公開。AI導入の最前線で直面した「長文SQLの壁」や、そこから導き出された「データアーキテクチャの刷新」、そして「100点を目指さないプロセス変革」について、単なる技術論にとどまらない「組織能力への転換戦略」を語り尽くしました。
【目次】
IT組織をビジネスの「重要パートナー」へ。大規模なデータを活用する戦略的アプローチ

イオンマーケティングは、「WAON POINTの運営」「マーケティングソリューション」「販促サービス」の3つの事業を柱としています。グループが保有する広大な顧客基盤をどう繋ぎ、各事業に活かしていくか。当社の事業はデータを中心としているため、テクノロジーなしでは価値提供ができません。
従来の構造では、データ抽出や分析の依頼がIT組織に集中してしまい、ビジネスのスピード感が損なわれるボトルネックになるという課題がありました。
そこで私たちが推進しているのが、受け身で要望を聞くのではなく、IT部門から事業側に自発的に「こんな技術が使える」と提案していく「テックカンパニー化」や「AX(AIトランスフォーメーション)」へのシフトです。その一環として、事業側の営業担当などがSQLを書かずに自然言語でデータを抽出・分析できる環境の構築を目指しました。


しかし、技術は導入するだけでは現場に定着しません。そこで、他チームの技術習得を支援する「イネーブリング組織」を立ち上げました。このチームが営業と一緒に取引先でのプレゼンに同行し、現場でツールを触ってもらいながら使い勝手や必要な機能をヒアリングするという定着活動を行っています。
これにより、例えば「50万人にキャンペーンを打ちたい」という場面でも、従来のようにアナリティクス部門へ依頼を持ち帰り、「要件と違う」とやり取りする無駄がなくなり、営業自身がその場で条件を変え、「この条件なら52万人ですね」と即答できるようになります。こうした活動を通じ、技術の民主化と内製化の加速を実現しているのです。

AI活用で見えた「データ基盤」の真実。Cortex AIの実装を起点とした課題への対応

私たちが構築した「自然言語分析ツール」は、StreamlitやCortex AIなど、Snowflakeの各種機能を使って実装しています。もちろん外部システムと連携する構成も可能でしたが、データのセキュリティとシンプリシティを追求した結果、「Snowflake完結型」の構成を選択しました。連携の仕組みを作って距離や複雑度が増すとパフォーマンスの低下を招くため、データに近い場所で処理を行うという戦略的判断です。

しかし、こうしてツールの実装と現場展開を進める中で、AI活用を阻む現場ならではの壁にも直面しました。例えば、発展途上の機能ゆえにCortex Agent経由とCortex Analyst経由で解釈が異なるといった問題がありましたが、これは途中のバージョンアップで改善されました。
他の課題は、「抽出結果が出てからAIの解釈違いに気づく」です。AIが自然言語の指示を誤って解釈したまま、裏側で重い処理を流してしまうことがありました。それに気づかず放置してしまうと、長い待機時間が発生し、コンピューティングリソースの無駄遣いにも繋がってしまいます。
そこで私たちはシステムプロセスを「AIの解釈ミス前提」の設計へと見直しました。AIの解釈を一度停止し、「あなたの言っていることはこういうことですか?」と人間が都度確認・編集してから実行するインターフェースを導入。今後は「これじゃない」ボタンのようなものを実装し、結果を自動でフィードバックして精度を上げていく仕組みも検討しています。
900行のSQLが浮き彫りにした課題。AI時代に求められる「データ構造」への回帰

実際の業務ユースケースを検証する中で、AIの精度に関する興味深い事実が判明しました。50行以下の短いSQLクエリを生成させる場合は90%以上の高い精度が出るのに対し、800行から900行にも及ぶ超長文のクエリが要求される複雑な処理では、精度が60%〜70%程度まで落ちてしまったのです。
深掘りした結果、これは「AIの性能限界」というよりも、「持っているデータ構成やデータの中身の問題である」という結論に至りました。900行にもなる長文クエリは、人間にとってもレビューが困難で、処理も重く、潜在的なミスを招きやすい状態です。つまり、人間にとって複雑で読みにくいデータ構造は、AIにとっても理解が難しいという真理が浮き彫りになったのです。

この課題を解決するため、現在「メダリオンアーキテクチャ」の適用を全社的に推進しています。生データ(Bronze)から、クレンジング済みのデータ(Silver)、そしてビジネス利用に直結するきれいなデータ(Gold)へと階層化して管理することで、長文SQLを不要にする取り組みです。AIにとって読みやすい(AI-Readable)ものは、人間にとっても読みやすい(Human-Readable)つまり、データ環境へと構造から整えることが、結果としてAIの精度を最大化する鍵となります。
成功の鍵は技術ではなく「組織能力」。「70点のAI」を前提とした業務プロセスの再設計

もう一つ陥りがちなのが、既存の業務プロセスをそのままAIに置き換えて「100点満点主義」を求めるアンチパターンです。過去に三豊市の事例で、ゴミ分類の問い合わせにAIを活用しようとしたものの、正答率が94%に達しても「100点ではないから」と導入を断念したケースがあります。しかし、こうした使い方はそもそも適してはいないのです。
重要なのは、AIを単なる置換ではなくプロセスの一部と捉え、「70点のAI」を前提として人間がどう補完するか、運用フローを再定義することです。私たちも現在、アナリティクス部門などの事業部側でデータ抽出を行っている部署と協議を重ね、業務プロセスのどこにAIを使い、どこを人間のノウハウとして残すかを進めています。

AIから得られる効果は、AIモデルの良し悪しではなく「組織の能力」に比例します。AIを前提として、不要なプロセスを削り、必要なプロセスを加えるといった柔軟な再設計ができる組織能力が今問われているのです。
次に来る「未知の技術」を受け入れるために。今、私たちがデータと組織を再構築する理由
技術が猛烈に進む中、IT部門は受け身で要件を承るだけでなく、自ら事業側へ技術活用を提案していくアクションが不可欠です。また、Snowflakeのようにデータを守っている環境内で処理を完結させることは、パフォーマンスやセキュリティ面で事業会社にとって非常に有益です。
そして最もお伝えしたいのは、AI活用は単なるツールの導入ではなく、データの汚さやプロセスの硬直性といった、組織の潜在的な課題をあぶり出すことです。AIを導入した際、現場部門からは「ちょっと足りない」「間違いがある」と減点主義で見られがちですが、そこは「AIの問題ではなく、うちの既存のデータやプロセスの問題ですよ」と正しく伝えてあげることが重要です。

プロセス改善やDXといった前提の土台がないと、その上にAIを乗せても効果は出ません。もし今の課題を放置すれば、今後AIを前提とした「未知の技術」が登場した際に、将来の技術変化に耐えうる土台がないため、また必ず立ち止まってしまいます。
逆にこのAI活用を「好機」として、既存のデータ構成の問題やプロセスの問題を変えていきましょうと、経営の投資判断につなげるチャンスにしています。AIをトリガーに既知の課題をどんどん改善していく形で経営に持っていくことが、いま私のミッションです。

イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。 イオンマーケティングの採用情報もぜひご覧ください
※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。
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