「ゆるやかな連帯」「大黒柱に車をつけよ」…イオン、エンジニア組織のキーマンが共感するカルチャーとは 

「ゆるやかな連帯」「大黒柱に車をつけよ」…イオン、エンジニア組織のキーマンが共感するカルチャーとは 

2025/2/27

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この記事に登場している人

山﨑 賢

Ken Yamazaki

イオン株式会社 CTO 兼 イオンスマートテクノロジー株式会社 取締役 CTO
新卒で大手SIerに入社。その後、Yahoo! JAPANへ転職し数々の新規サービスの立ち上げに携わる。リクルートに入社。大規模サービスの開発責任者を兼任。ゼネラルマネージャーとして組織マネジメントを実施。
その後、複数のベンチャー企業CTOを経て2023年より現職。イオングループ全体を統括するイオン株式会社のCTOとして従事。
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)理事。

    樽⽯ 将⼈

    Masato Taruishi

    イオンネクスト株式会社 技術責任者CTO
    レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンを経てグーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。 その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。同社の上場の牽引後、22年1月に退職。22年3月より現職。

    谷口 進

    Susumu taniguchi

    イオンアイビス株式会社 デジタルソリューション本部 本部長
    兼 イオンスマートテクノロジー株式会社 デジタルテクノロジー Div. シニアディレクター
    1989年に株式会社ダイエーに入社。現場で働いた後、社長室に移動し、ダイエー創業者である中内㓛氏のもとで秘書的な役割を担う。その後、広報部へ異動し、ダイエーのホームページ制作に携わる。2001年にイオン株式会社へ入社し、情報システム部に配属。イオンアイビス設立時から、当社の技術を支える。

    駒場 光徳

    Mitsunori Komaba

    イオンネクスト株式会社 IT部長
    2000年にイオン入社後、店舗勤務を経て2002年より本社情報システム部門へ異動。物流システムやインフラネットワークの構築、クラウドサービス導入を担当。2016年からホールディングス戦略部門でビジネス提携を担当し、2019年にOcadoとの契約締結を機にAEONNextのITシニアマネージャー、現在はIT部長職。

    国内最大級の小売グループであるイオンは、数々のM&Aや統合を経験しながらも、各企業文化を尊重し「緩やかな連帯」を維持し続けています。利益至上主義や一方的な支配ではなく、地域や顧客、従業員といった「人」の営みを尊重し、幾度となく挑戦と失敗を重ねる姿勢は、独自の企業文化とも深く結びつくものです。DX時代にあって、ITを通じて情報を紡ぎ、これまで異物とされてきた要素さえ自らの中へと取り込む……。そんなユニークな革新モデルを牽引するCTOたちの言葉から、迫る「イオン流」経営の真髄とは。(取材・文/プレーンテキスト 鹿野恵子)

    【目次】

    「緩やかな連帯を維持しつつ、デジタルでは統合も進める」イオンCTO 山崎 賢


    僕がイオンのフィロソフィーの中で好きな言葉の一つは「緩やかな連帯」です。

    イオンは多くの合併を経て成長しています。だけど、合併する際には、強制力をもって何かするのではなくて、「同じ傘の下、みんなで助け合おう」というカルチャー。DXやITの観点では、そういうカルチャーに対していろいろな課題も見えてきてはいるものの、僕は個人的にはこの考え方がとても好きなんです。

    M&Aや企業買収という言葉には、「買う側・買われる側」「支配する側・される側」というイメージを抱きがちです。だけど、そうではない世界があるんだなというのが、すごくいい。実際イオンの中に入ってみても、それぞれの事業会社の人たちが、 自分たちのオリジナリティとDNAに基づく意思決定をしているのが、すごく素敵だなと感じています。

    イオンは利益のためだけではないM&Aも結構しているんです。そもそも、1968年に岡田屋とフタギ、シロの3社が共同出資して会社を設立したのがイオンの前身であるジャスコのスタートなんですが、経営統合の途中でシロの創業者である井上次郎氏が急逝してしまいます。ところが、岡田屋の岡田卓也(現名誉会長)は負債を抱えていた同社を見捨てず、一旦フランチャイジーとして再建を図ったのちに、他の2社から遅れて1972年に現在のイオンへつながるジャスコと合併させることに成功しました。侠気心を感じませんか?

    直近でも北海道の西友の店舗をイオン北海道が承継していますが、当然事業としての採算も考えつつ、根底にあるのは「そこに住んでいる方の消費生活を守る」という判断だったのではないかと個人的には感じています。

    そんな経営判断が、「ゆるやかな連帯」という言葉とつながっていて、僕は素敵だなと思うんです。

    もう一つ、イオンの哲学としては「上げに儲けるな、下げに儲けよ」も好きな言葉ですね。イオンはインフレで価格高騰が続く昨今の状況において、トップバリュの値段を下げています。また、どの企業よりも先にパートの方の時給などの人件費を上げています。

    小売業としての利益を追求しながら、お客さまへのベネフィットを追及し、働いている人たちにもしっかりと還元する。社会の風潮とは逆行しているんですが、このような行動をとること自体が、お客さまをひきつけて、結果的にイオンにとってプラスになるという考え方なんだと思います。

    イオンには、異物を取り込んで成長するDNAがあると感じています。ITやDXはこれまでのイオンからすると異物だし、僕のような存在も異物だと思うんですよ。でもそういう異物を受け入れて、一旦飲み込んで、どうしていくかを自然に考えていくことができる。

    一見封建的に見られがちな会社だけど、現場でさまざまなコラボレーションを進めることをよしとしてきたからこそ、変化に対するアレルギーもあまり強くありません。新しいものに貪欲に喰らいついて自分のものにしようというカルチャーがあるということを、1年ほどここでCTOという職責を果たしてみて、感じています。

    このようなイオングループのカルチャーを維持しつつ、ITやDXの一部を統合していくことによって、グループ全体でお客さまが便利になるようなよいものづくりをしていきたいですね。


    「革新こそすべてという社風。イノベーションを起こすエンジニアと親和性が高い」イオンネクストCTO 樽石 将人


    イオンの哲学のなかで好きな言葉の一つが、「小売業は平和産業」というものです。

    この哲学の原点には、イオンという企業が昭和の大戦の苦難をくぐり抜けてきたという原体験があるように感じています。イオンの前身の岡田屋は、昭和20年に空襲によって店舗が全焼し、そこから再起を果たしました。苦難を乗り越えて、笑顔を取り戻したのです。

    原体験はその人や組織の仕事に対する価値観につながっていきます。

    私が今のような仕事をするきっかけとなったのは、東日本大震災と福島第一原発の事故でした。祖母が福島県在住だったため、原発事故で長期間にわたる避難生活を余儀なくされることになったのです。それまで私はグローバル志向で、テクノロジーに対する万能感を抱いていたのですが、震災のときにデジタルはなんの役にも立ちませんでした。このときの無力感がきっかけで、人の生活を下支えするようなものに関わっていくべきだと感じるようになったんです。そこから、国内の事業に目が向くようになり、今に至ります。

    このような過程を経ている身からすると、第二次世界大戦の空襲は、当時の人にとって価値観を揺るがすような大きな出来事だったのだろう、と心から共感することができます。

    もう一つ私が共感するのは「革新し続ける」というイオンの社風です。

    日本の企業の平均寿命は30年間といわれています。ほぼ全ての企業が潰れてなくなっているということです。なぜつぶれるのかというと、革新できないからです。一度成功したビジネスモデルを継続し続けると、だんだん市場から求められなくなります。創業者も高齢になりますし、潮時なので廃業しましょうとなるのが大体のパターンです。

    でもイオンはそうなりませんでした。革新し続けて、社会に貢献し続けたからだと私は考えます。そしてエンジニアも、イノベーションを起こすことで社会に貢献する存在です。

    人間にはできないようなことを、コンピュータでできるようにするという、イノベーティブな存在がエンジニアだと私は考えています。そういった点において、エンジニアにとって、イオンという場所は非常に親和性が高いと感じています。

    私はイオンの経営塾に通っていますが、そこでも常々「革新こそすべて」であると繰り返し言われています。革新が止まったら企業はおしまいです。それが津々浦々まで浸透しているかというと、しているところと、あと一歩という部分がありますので、すべての従業員に、革新したいというように思ってもらえるような風土を作っていくべきなのだと思います。


    「モノを分け隔てなく流通させるため、ITで情報を繋いでいく」イオンスマートテクノロジー ディレクター 谷口 進


    私が共感するイオンのフィロソフィーは「大黒柱に車をつけよ」という言葉です。20数年前にイオンに転職してきて、それを実感しました。

    当時は「ジャスコ」から「イオン」に社名が変わったばかりのころで、急拡大、急成長のフェーズでした。入社してみたら、いろいろなことがぐちゃぐちゃなんだけど、皆で議論しながら、臨機応変に対応している。パチっと固まっていない状態でも進む馬力があるという、ものすごいバイタリティを感じたものです。

    組織が大きかろうが小さかろうが、お客さまのニーズのあるところに寄り添いながら動き、実現していく。そんなバイタリティが、今でもずっと続いているように思います。

    もう一つ、私が共感しているイオンの哲学は「小売業は平和産業」という言葉です。

    イオンの岡田卓也名誉顧問もそう言っていますし、私が入社したダイエー創業者の中内㓛さんもそうおっしゃっていました。戦争のような動乱の時代を経験した方たちだからこそ、そのような考えを持っているのでしょう。

    戦争が起きて、製造が止まり、物流が止まる。いきわたるべきところに物がいきわたらなくなる。物の値段が上がり、不平等が助長される。平和でないと流通は成り立ちません。みんなが幸せになるためには、物がきちんと届くということが、基本中の基本なのです。

    それまで特定の企業が独占していたある市場が自由競争になって、多くのものが行き渡るようになる。独占を享受していた企業にとっては困ったことかもしれませんが、お客さまたちにとっては、よい面が多いはずです。

    このように、物を隔たりなく流通させるのが小売産業の本質であり、経済の基本です。

    物を届けるためには情報が滞りなく流れる必要があります。お客さまの動向から、製造、販売まで、ITで一気通貫に繋いでいくというのが、私たちが実現すべき世界です。技術を使い、情報をスピーディーに伝えていくことで、変化をとらえて行きたいと考えています。

    私は長らくイオンアイビスでメールをITのインフラの仕事に携わってきました。紙から電子メールへ、さらにほかの手段へと、企業におけるコミュニケーションの手法もどんどん変化しています。これからは会社のさまざまな情報をオープンにして、いろいろな人が自由にアクセスできる状態にしていきたい。

    イオン従業員全員がグループのミッション、ビジョン、バリュー、フィロソフィーを理解した上で、オープンにされた情報に基づいて、自分なりの考え方で行動ができる状態を作り上げる必要があると考えて、長らくインフラの仕事に関わってきました。これからもそのようなことを実現していきたいと思っています。

    「泥臭くて、人間臭くて、一生懸命やっている。それがイオン」イオンネクスト IT部 部長 駒場 光徳


    私が好きな言葉は「不正には峻(しゅん)・失敗には寛」です。これは、イオン共同創業者である小嶋千鶴子さんの言葉です。

    ※小嶋千鶴子は岡田卓也名誉会長の姉。経営人事、戦略人事の専門家としてイオンの基礎を作ったといわれる。小嶋氏の評伝「イオンを創った女」に詳しい。

    イオンはそもそもたくさんの失敗を繰り返している会社です。チャレンジに対して寛容で、常に何か新しいものを求めているところがあります。ここがイオンの強さの背後にあります。世の中は常に変化し続けますが、その変化をきちんと捉え、変化に合わせて成長していくという想いを持ってる会社なのでしょう。

    そもそもイオンは連邦制経営という、緩やかな連帯を元にする思想を持っています。最初は岡田屋とフタギとシロ、3社からスタートし、いろいろな会社が繋がってできた会社です。それぞれの企業ごとにカルチャーがあるのですが、それを維持した状態で、どんどん会社が広がっていきました。

    私は2000年入社で、ちょうどジャスコがイオンに変わったタイミングでした。もともとは店舗の出身で、情報システムの仕事に携わるようになったのは2002年のことです。最初に担当したのは、買収した九州の壽屋のシステムのインテグレーションで、全然パソコンもまともに触ったことないのに、半年以内に仕入れのシステムを繋ぐことになりました。必死で勉強しましたね。物流システムのチームの1人として、何もわからないまま「勉強だから行ってこい」と言われて九州に行き、現地の情報システム部長にいろいろ教わりながら、プロジェクトを進めました。わからなくても、どんどん挑戦させてもらえますし、質問すれば誰かしらに答えてもらえるという環境には助けられました。

    2000年代のイオンは合併・合併で、大きくなっていった時代でした。イオンの合併は本当に独特で、他社さんをイオンの色に染めるわけでもなく、カルチャーは残したままに大きくなっていく。イオン自体の色も変わっていく。今でこそ多様性やダイバーシティという話をよく耳にするようになりましたが、イオンはずっと根っこからそういうことをやっている会社なのだと思います。誰がきてもウェルカムで、相手にうまく合わせていく。シンプルに「お客さま中心」という、単純な理念とポリシーが中心にあるように思います。

    エンジニアリングの場としては、深く考えている人が周りにたくさんいる会社だなと思いますね。何かをやろうとしたときに、一人で抱え込まなくていい。専門家がたくさんいる会社なので、どんどん周囲の人に質問して、新しいものを作ることができる環境だと思います。社内で上下の差のようなものもほとんどありません。

    もう一つ、イオンの哲学で共感するのは「小売業は平和産業」であるという言葉です。

    店舗で買物ができるのは平和な証拠です。イオンで仕事をしていると、自然にそういう価値観が身について来ます。

    2011年の東日本大震災では、イオングループも大きな被害にあいました。甚大な被害を受けた店舗の一つである宮城県の気仙沼店が、震災から数か月してなんとか再オープンにこぎつけたときのことです。一人目のお客さまが走ってお買い求めになられた商品は何だったと思いますか?……洗濯機だったんです。震災でダメージを受けて、ボロボロになって。それでも食べ物や住むところが少しだけ整って。だから洗濯機を買いに来ることができた。洗濯機で洗濯できるのが平和そのものですよね。

    平和になったからできる買物というか…。これってすごく小売業らしい話だと思いませんか。イオンには、こういう話がたくさん出てくる。不思議なもので、イオンの人って、みんなイオンのことが好きなんです。どうしても商売をやってたりすると(競合と)バチバチとやらざるを得ないところもあるので、結構泥臭いし、人間臭い。人間らしくて、一生懸命やっている。

    そこが今なお、小売業であるイオンのよいところなのではないかと、私は思います。



    イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。

    どんなことをしているのか気になる方は、お気軽にご連絡ください。カジュアル面談も実施しておりますので、まずはざっくばらんにお話しましょう!

    ※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

    この記事を書いた人

    鹿野恵子

    小売・ITジャーナリスト、編集者
    1978年、宮城県仙台市出身。2001年、早稲田大学法学部卒業後、株式会社アスキー、株式会社商業界(月刊食品商業、月刊商業界)、ITベンチャーを経て2015年に制作会社のプレーンテキスト(http://plain-text.jp)を設立。流通小売業とテクノロジー、スタートアップについての取材・執筆を続ける。現在メルマガ「リテールアトラス(https://retailatlasjp.substack.com/)」運営中。著書に「店舗を読み解く技術シリーズ」、編著書に「リアル店舗は消えるのか?」(発行:日経BP)がある。

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