
Design Docsをもとに生成AIでサンプルコードをつくり新機能「線香花火クーポン」実装 |イオンの開発生産性
2025/1/8
この記事に登場している人
DevOpsグループ(開発チーム)
樽⽯ 将⼈
Masato Taruishi
イオンネクスト株式会社 技術責任者CTO
レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンを経てグーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。 その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。同社の上場の牽引後、22年1月に退職。22年3月より現職。
荒井 隆成
Ryusei Arai
イオンネクスト株式会社 IT部 DevOpsグループ 技術戦略チーム マネージャー
新卒で大手SIerへ入社し、インフラエンジニアとしてキャリアをスタート。FinTechスタートアップでSRE、クラウドプロバイダーでコンサルティングを経験した後、フリーランスへ。2023年11月より現職。
この記事を読むとわかること
・経営層が重視する事業KPI『配送効率の向上』施策は「もくもく会」から生まれた
・Design Docs×生成AIでサンプルコードを生成し、円滑なエンジニアコミュニケーションを実現
・プロジェクトの課題解決のポイントは“AI専用エリア”
・自社完結型イノベーション体制により、Green Beansの膨大なビッグデータとAIを活用することで顧客一人ひとりに最適なサービスの提供を目指す
ネット専用スーパー「Green Beans」を展開するイオンネクスト。その急速な事業拡大を支えるのは、技術革新とデータ活用に積極的に取り組める自前主義の技術開発体制だった。アイデアの創出からPoC、そして本番導入まで、すべてを自社内で完結させる彼らの戦略が、EC業界に新たな風を吹き込んでいる。
今回は、この自社完結型イノベーション体制から生まれた成果の一例として、配送効率を劇的に向上させた「線香花火クーポン」施策を紹介する。イオンネクストは、どのようにして自社内で技術的挑戦を行い、データを活用しているのか。イオンネクスト CTOの樽石とSREマネージャーの荒井に聞いた。
【目次】
事業KPIに直結する重要課題の解決策は「もくもく会」から生まれた
Green Beansは、朝7時から夜23時まで1時間単位で配送を指定できるネット専用スーパーだ。食材や日用品など幅広い商品を扱っており、配送日は最短当日から14日先まで選ぶことができる。
顧客にとっては利便性の高いサービスといえるが、その裏側では配送効率の低下という大きな課題が生まれていた。さまざまな時間や場所で自由に注文できるというGreen Beansの顧客メリットを実現するには、配送を担うデリバリークルーが広範囲を移動して対応する必要がある。右肩上がりでGreen Beansの顧客数が増えていくなかでは、何らかの手を打たない限りは、配送効率は低下する一方となる。
この課題に取り組むきっかけとなったのが、イオンネクストのIT部で行われている「もくもく会」だ。樽石によると、このもくもく会では、Googleの「20%ルール」やソニーの「机の下活動」のように、普段の業務とは異なる活動を行うことを推奨しているという。
配送効率を改善するための施策「線香花火クーポン」は、新たな挑戦を促すこうしたイオンネクストの文化から生まれた。線香花火クーポンとは、すでに注文のあるエリアの周辺顧客に対し、同じ日時に注文を促すクーポンを配布するという仕組みである。この名前は、線香花火が一箇所から徐々に広がっていく様子にちなんでいる。ちょうど線香花火が火種から広がるように、注文が集中するエリアを徐々に拡大していく様子をイメージしている。
線香花火クーポンプロジェクトは、経営層も重要視する事業KPIである『配送効率の向上』を実現するための取り組みとして始まりました。課題の解決策を模索するなかで、AIの活用が有効なのではないかという発想が生まれ、社内のもくもく会を活用して開発を進めたという流れです。もともと当社には、革新的なプロジェクトを自由に進められる環境がありますが、組織全体の関心を集めることは難しいです。ただ、配送効率の向上が全社的な課題となっているなか、線香花火クーポンプロジェクトは組織全体からの支持と期待を得ながら進行しました。(樽石)
Design Docsと生成AIを活用した革新的な開発プロセス
線香花火クーポンの開発プロセスで特筆すべきは、Design Docsの活用だ。樽石は、プロジェクトの基本構想をDesign Docsとしてまとめ、それを生成AIに読み込ませてサンプルコードを生成。それをもとにエンジニアにプロジェクトの趣旨を伝えるというユニークな手法を採用した。
実は、IT部にはデータサイエンティストというロールの専任人材はいませんでした。そこで、私自身が基本コンセプトとDesign Docsを作成し、さらにサンプルコードまで作りました。すると、興味深いことがわかったんです。サンプルコードまでできていれば、専任以外のエンジニアとのコミュニケーションが円滑に進み、後続の開発をスムーズにバトンタッチできるということです。(樽石)
樽石から要件定義としてドキュメントを渡されて、『さあ、開発してください』という形ではうまくいかなかったと思います。生成AIがつくったサンプルコードをベースに、もくもく会の場で有志のエンジニアたちが協力して開発を進め、動くものをつくり上げました。私から見ても新鮮な進め方でした。(荒井)



さらに、この取り組みは組織文化にも影響を与えた。荒井は「当時はちょうど、Design Docsを書こうという呼びかけを社内でしはじめたタイミングでした。線香花火クーポンプロジェクトがうまく回り、Design Docsの重要性が認識されたことで、Design Docsをつくる文化も醸成されてきています」と語る。
線香花火クーポンのPoCは2024年2月からスタート。2月は配送日指定クーポン機能の検証、3月はシンプルなプログラムを使った対象となる顧客リストに対するクーポン送信、4月は複数エリアでの展開と、段階的に進めていった。3月のプログラム開発にはインターン生も関わったという。
多様なメンバーが活躍していることに加え、イオンネクストの強みは、必要なデータを社内で保有している点、クーポン配布のシステムを自社で運用している点にある。荒井は「これにより、開発したものをすぐに試し、フィードバックを得て改善するというアジャイルな開発サイクルを実現できました」と振り返る。
PoCで直面した2つの課題とその解決策
プロジェクトの進行中、イオンネクストは主に2つの課題に直面した。
1つ目は、短期的な売上目標との調整だ。樽石は次のように説明する。
会社全体として事業成長に取り組むなかでは、当月の売上目標や販売ノルマなどの短期的な目標が目の前にあると、どうしてもそれらに即効性のある施策が優先されがちです。今回のような中長期的な視点で腰を据えて取り組むべきプロジェクトは、すぐに結果が出るものではないため、なかなか優先順位が上がりません。(樽石)
2つ目の課題は、クーポンの反応率の低下だった。
5月、6月とプロジェクトが進むにつれて、線香花火クーポンの反応率が徐々に低下していきました。2月には10-30%程度あった反応率が、1/10程度にまで下がってしまったんです。今年に入ってからクーポンを活用したプロモーション活動を強化してきたことで、ほかのさまざまな魅力的なクーポンのなかに線香花火クーポンが埋もれてしまった形です。(樽石)
これらの課題に対し、イオンネクストは「AI専用エリア」を設定するという解決策を取った。特定のエリアをAI実験用に設定することで、短期的な売上への影響を最小限に抑えつつ、クーポンの効果を明確に測定できるようになった。
「スマートクーポンプラットフォーム」として進化させていくために必要なこと
これまでのプロジェクトフェーズでは、主にアルゴリズムの開発に焦点が当てられていた。しかし、実際のクーポン配信プロセスには依然として手作業が介在している。具体的には、プログラムを実行してクーポン配信対象顧客のリストを生成した後、その配信作業自体は手動で行われている。
そこで現在、プロジェクトは新たな段階に移行しつつある。この段階では、配送効率を考慮したクーポンの生成から配信、効果測定、そして次のアクションの提案まで、クーポン配信プロセス全体の自動化・最適化が主要な目標となる。つまり、真の意味でのデータプロダクトとして、システムを作り込んでいく段階に入ったといえる。イオンネクストはこれを「スマートクーポンプラットフォーム」と名付け、プロジェクトの進化を明確に示している。
しかしながら、樽石は技術面だけでなく、現場理解の重要性も強調する。
事業会社が必要とするデータプロダクトは、やはり事業KPIに効くものなのかどうかが重要視されます。そのためには、泥臭い取り組みも必要です。むしろ、アルゴリズムの開発よりもそちらのほうに時間と労力がかかっています。(樽石)
この「泥臭さ」は、現場の実態を深く理解することから始まる。たとえば現在、クーポン配布の承認プロセスに大きな課題がある。この課題は、樽石自身がクーポンの配信オペレーションを実際に体験したことで把握できたという。
現在の社内プロセスでは、一つひとつの施策に対して個別に承認を得なければならないため、クーポンを送信する際の承認作業の量が膨大になっています。たとえば、顧客一人ひとりに対してカスタマイズしたクーポンパターンを何百種類も作成する場合、それぞれに対して承認が必要になります。結果として、この承認プロセスがプロジェクト全体のボトルネックとなってしまっているのです。こうしてクーポンの配信プロセスを実際に体験することで、現状の課題を詳細に把握し、それらに対応できるシステムの設計を目指しています。(樽石)
このように、テクノロジーの革新と現場の実態把握を両立させることで、イオンネクストは真に事業に貢献するデータプロダクトの開発を目指している。
AIとビッグデータで挑む、Green Beans 10倍成長への道
イオンネクストが保有する豊富なデータは、このプロジェクトの大きな強みとなっている。樽石は次のように語る。
当社のシステムは、顧客の注文から配送に至るまでの全データを一元管理しています。この膨大なデータを活用することで、高品質なAIの開発が可能になります。さらに、日々蓄積されるビッグデータを活用することで、より精度の高い取り組みが実現できるのです。(樽石)
Green Beansの究極的な目標は、顧客一人ひとりに対して最適なサービスを提供していくことだ。その世界観を実現するために、AI活用は必須となる。そして、Green Beansの急速な成長も、このプロジェクトの重要性を一層高めている。
事業規模で見ると、顧客数、注文数ともに急増しています。今後も10倍規模での事業拡大を目指しており、来年にはさらなる飛躍が見込まれます。この膨大な数の顧客一人ひとりに最適なサービスを提供するには、AIの活用が必要不可欠なのです。(樽石)
イオンネクストの取り組みは、ECビジネスにおける技術革新とデータ活用の重要性を如実に示している。自社内で技術的挑戦を行い、豊富なデータを活用する環境を整備することで、線香花火クーポンのような革新的なプロジェクトが生まれている。AIという最新技術と現場の泥臭い課題解決を両立させ、さらに事業KPIと直接紐づけることで、全社的な理解と支援を得られている点も注目に値する。
イオンネクストの取り組みは、急速に変化するEC業界において、テクノロジーを活用してビジネスを進化させる一つのモデルケースとなりえるだろう。
イオンネクストではエンジニアを中心としたデジタル人材の採用を積極的に行っています。樽石と話をしてみたい、Green Beansの事業が気になる…といった方は、カジュアル面談も実施しておりますので、ぜひお気軽にご連絡ください。
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※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。
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