「無いものは、つくるしかない」イオンが自前のカーナビアプリを作った理由。  

「無いものは、つくるしかない」イオンが自前のカーナビアプリを作った理由。  

2024/9/12

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この記事に登場している人

樽⽯ 将⼈

Masato Taruishi

イオンネクスト株式会社 技術責任者CTO
レッドハットおよびヴィーエー・リナックス・システムズ・ジャパンを経てグーグル日本法人に入社。システム基盤、『Googleマップ』のナビ機能、モバイル検索の開発・運用に従事。東日本大震災時には、安否情報を共有する『Googleパーソンファインダー』などを開発。 その後、楽天を経て2014年6月よりRettyにCTOとして参画。同社の上場の牽引後、22年1月に退職。22年3月より現職。

    この記事を読むとわかること

    ・Green Beansが完全内製している車載ナビとは
    ・生成AIを活用してタワマン入館等に関する情報を提供
    ・今後「配送の民主化」なしに物流網は維持できない

    東京の湾岸の住宅地を歩いていると、緑色の小型トラックによく出くわすようになった。多い時には1日に複数回見かけるこの車両は、Green Beansの配送トラックだ。イオンネクストが2023年7月にローンチした次世代型ネットスーパーGreen Beansは、注文された商品を巨大な自動倉庫から自社ドライバーの手でお客さまの元まで届ける。このラストワンマイルの物流をゼロから立ち上げたイオンネクストは、配送支援のカーナビまでも内製しているという。さまざまな施策を繰り出し「配送業務の民主化」を目指す。

    【目次】

    配送をサポートする車載アプリを内製

    ネットスーパー各社にとって悩みの種となるのが「ラストワンマイル」の構築だ。ラストワンマイルとは、店舗もしくは倉庫などの最終物流拠点から、お客さまのご自宅へ商品をお届けする、最後の物流サービスのこと。宅配と同じノウハウが必要で、ネットショッピングの普及にともない物量は年々増加。一方で担い手不足やコスト上昇などの課題もあり、この部分を外部企業に委託するネットスーパーが多い。

    イオンネクストが運営するGreen Beansはこの物流網の自社構築にこだわった。イオンネクストデリバリーのデリバリークルーが、千葉の誉田に構える大型自動倉庫、あるいは各地に点在する拠点から、お客の自宅までトラックを運転して商品を配送する。2024年8月現在、千葉県・東京都を中心にサービスエリアを展開。現在2拠点目となる八王子にも大型の自動倉庫の開発準備を進める。

    イオンネクストの拠点を表す地図

    そんなGreen Beansが、デリバリークルーの働きやすさをサポートするために開発を進めているのが、Androidタブレット用の配送支援アプリだ。デリバリー業務に最適化された情報端末というコンセプトで、トラックのダッシュボートに設置されたタブレット上で稼働する。

    イオンネクスト CTOの樽石将人は、本アプリについて次のように語る。

    普通カーナビやナビアプリは、配送業務のように大型車が住宅地で駐停車をしながら荷物をお届けするという用途に最適化されていません。現在Green Beansの配送トラックは数百台規模の体制で、今後も規模を拡大していきます。そこで2023年春のグランドローンチから、これまでにぶつかってきた課題を解決するため、本アプリの開発に着手しました。本当に必要とされている機能をどんどん付加してしていきたいと考えています。(樽石)

    インタビューに応じる樽石

    配送難易度高いタワーマンションにも変わらぬサービスを

    彼らが今重点課題として取り組んでいるのが、同社の展開地域である東京の湾岸や千葉エリアに林立するタワーマンションの配送効率向上だ。タワーマンションは、ひとつの建物の中にたくさんの住戸があり、一見すると配送効率が高いように感じるかもしれないが、実は「デリバリー泣かせ」のポイントが多々ある。

    その理由の一つがセキュリティの厳しさだ。居住者が使う通路と業者用の搬入路が別々だったり、防災センターでの申請が必要など、入館のために様々な手続きがある。マンションによってその方法は全く異なり、同じマンションでも階数や棟によってアプローチ方法が違うこともしばしば。

    また、配送ニーズが高いタワーマンションほど、業者用の駐車場や車寄せ、エレベーターなどが混雑する傾向にある。配送業者としては、行ってみないと状況がわからず、駐車ができずにしばらく待ちぼうけを食わされる…ということも少なくない。ある種、不確実性の塊といえよう。

    これまで宅配業界では、地域の個別性に対応するため、エリアに詳しい配達員の育成を続けてきた。しかし、樽石は言う。

    そのような考え方では間違いなく業務が属人化してしまいます。物流業全体が人材不足という課題を抱えている状況で、特定の人しかできない仕事の仕方にしてしまうと、配送網の維持自体が困難になりかねません。(樽石)

    「誰でも配送ができる状況を作ること」こそが、配送網維持にとっては最も重要な課題なのである。

    Green Beansの配送業務は「配送の素人でも、土地勘がない人でも、迷わずに配送ができる仕組みを作る」ことをコンセプトに構築されている。さまざまな業界から運転経験の有無を問わず人材を募集し、配送用のトラックは普通免許で運転可能だ。

    そして、そんなコンセプトを実現するために開発されているのが、今回紹介する配送支援アプリなのである。

    アプリの機能①変化する環境に応じた配送ルート提案

    配送業務の課題とその解決方法の抽出は、CTOの樽石が現場のトラックの助手席に同乗し、デリバリークルーと議論しながら、基本方針を固めた。

    本アプリの特徴の1つは、その日1日の配送ルート全体像を表示するというもの。Green Beansではお客さまが商品を購入する際に、まず配達日時の枠を確保するのだが、その際にリソースなどを勘案し、1秒に約1,400万通りの計算が行われ、配送便が決定される(なお、この仕組みは自動倉庫を提供しているイギリス・オカド社のシステムによるものだ)。

    アプリに表示される1日の配送ルート

    あるトラックが1日に配送拠点を出発して、戻ってくるまでのことをイオンネクストでは「1ルート」と呼ぶ。あるデリバリークルーの1日の就業時間が8時間だとすると、拠点から配送地区までの移動、休憩時間などを除くと1ルートは実質6時間程度である。この時間内に、どれだけ配達を詰め込めるかが事業の肝となる。

    しかしオカドのシステムは、「出発前」の配送計画は立てるものの、配送便が拠点を出発した後について手当はない。一方、出発後のドライバーは配送エリアの混雑具合や天候など、さまざまな判断を求められるものだ。本車載システムは、それら出発後の情報提供に最適化されておりデリバリークルーはより業務を見通しよく進めることができるようになるというわけだ。

    アプリの機能②生成AIを活用でテキストを構造化、入館情報等を提供する

    もう一つの機能が、デリバリークルーが得た個々のマンションごとの入館手続きに関する情報を、タイミングよくタブレットの画面に表示するというものだ。

    配送先の建物のそばに近づくと、画面側に「駐車場から裏口に回る必要がある」「防災センターで入館手続きが必要」など、実際にお客さまのご自宅に実際にどうやってお届けするかに関する情報が拡大して表示される。

    アプリに表示されるマンションの情報

    ここで表示される情報は、実際にこれまでデリバリークルーが配達で得た情報だ。デリバリークルーが入力したテキストを生成AIが構造化したものを画面に表示している。

    なお、画面表示には「手動モード」と「自動モード」があり、手動モードではボタンを押すと情報が表示されるが、自動モードの場合は、「デリバリークルーはおそらく今このタイミングでこの情報が必要だろう」ということを自動的にシステムが勘案して情報を表示する。運転中ではなく、信号停車中などのタイミングなどを見計らって表示をするというような細かい工夫も施されている。

    本アプリは、2024年3月後半におおよその仕様を策定し、同年4月から開発を開始。1か月程度でタワーマンションの課題に特化したMVP(Minimum Viable Product)を作成した。5~6月には現場での実証実験なども行い、7月から本番稼働をスタート。Google MapのSDKを活用し、GPS情報などを取得しながら端末に各種データを表示させるシンプルな構成で、業務委託も含めた4名ほどの小さなチームによって開発が進められている。

    Green Beansのサービスレベルの指標の1つが、配送予定時刻に対して遅延した割合である「遅延率」だ。これを基準値以内にとどめることをイオンネクストではKPIの一つに掲げる。このKPIを維持向上させるため、車載ナビがデリバリークルーをサポートする予定である。

    ないものは、作るしかない。技術の力で課題を解決する

    内製で車載ナビを開発する理由について、樽石は次のように述べる。

    一つ目の理由は、今後Green Beansのサービス拡大にともない、配送のボリュームが急激に増加するということです。今のうちからラストワンマイルを最適化しておかなければ、事業効率が上がりません。重点的に取り組む領域と考えています。もう一つの理由は、事業者向けの配送支援システムを作ろうと考えたときに、世の中に『それっぽいもの』はあるものの、Green Beansにとっての『ドンピシャ』がなかったということです。必要なものは、自分たちの手で作ればいい。(樽石)

    現場の課題を自らの技術の力で解決し事業の拡大に寄与する。技術者にとってこれほど心躍るフィールドはないのではないか。

    事業者向け地図、データ、サービスは0→1の余地がいくらでもある領域

    「技術者が活躍する余地」といえば、事業者向けの地図サービスもデータも、これから整備が期待される分野だ。

    たとえばマンションの入口はどこにあるのか。トラックであれば避けた方がいいルートやエリアはどこなのか。ドライバーが休憩時に自由に利用できるトイレはどこか。学校の付近など時間によって立ち入れない情報はどこか。道路工事や時間指定で路駐可能な道路情報…などなど。こういった細かい変化にデリバリークルーは現在「いちかばちか」で対応していることも多い。予定していた駐車場が満車で、仕方なく少し離れた駐車場にトラックを止めて、カートに商品を載せて離れた距離を慌てて移動する…ということもしばしばある。

    「伸びしろがたくさんある領域。だから、どんどんどんどん0を1にしていける」樽石は示唆する。

    車載OS開発の可能性も

    当面当社が注力するのは車載ナビだけですが、将来的にはOSにまで手をいれていくことになるかもしれません。(樽石)

    現在、Green Beansの車載ナビは、Android OS上の一アプリだが、将来的にはGoogleの車載OSであるAndroid Auto上に展開する可能性もありうる。Android Autoアプリの場合、Android Auto タブレットとスマートフォンを連携させて利用し、実際の処理はスマートフォン側で行うため、タブレットのスペックを軽くすることができるのがメリットだ。

    最終的には、自前の車載OS構築の可能性もありうる。車にあとからタブレットを設置した場合は、自動車と連携がないため、どうしても使い勝手の悪さは残ってしまうもの。さらにネイティブな連携を目指せば、OSまで手を入れていく必要もあるだろう。

    現在は配送効率を上げるのが大きな目標ですが、さらに先の目標として、“事故防止のためデリバリークルーの負担をどうしたら減らせるか?”も考えていくべきだと思います。(樽石)

    Green Beansの緑色のトラックは、トヨタが特注で開発したものだ。もちろんイオンネクストはトヨタとも情報交換を行っていて、将来的には小売業者の立場で自動車メーカーとコラボレーションするような未来も予想できる。

    配送業務の民主化をデジタルの力で支援する

    このようなさまざまな取り組みを通じて、イオンネクストが最終的に目指すのは「配送業務の民主化」だ。

    今後Green Beansのトラック台数は加速度的に増加し、それをエリアの専門家ではない人が配達をするという世界観になっていきます。誰もが安心して働ける土台を作るためには、このような支援システムが絶対に必要です。今の時代、小売業をやる上で物流は避けては通れません。そこを私たちは自ら、率先して作っていきます。(樽石)

    配送は非常に不確実性が高い業務だ。自分たちにはどうしようもない環境の変化に振り回される世界であり、ドライバーには次々と判断が求められる。その判断を支援することが車載ナビの役割だ。デジタルの力で不確実性をカバーし、お客さまの期待に応え、デリバリークルーの働きやすさを手助けする。

    デジタルが業務に伴走する…テクノロジーとビジネスの理想とする形がここにある。


    イオンネクストではエンジニアを中心としたデジタル人材の採用を積極的に行っています。樽石と話をしてみたい、Green Beansの事業が気になる…といった方は、カジュアル面談も実施しておりますので、ぜひお気軽にご連絡ください。

    ※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

    この記事を書いた人

    鹿野恵子

    小売・ITジャーナリスト、編集者
    1978年、宮城県仙台市出身。2001年、早稲田大学法学部卒業後、株式会社アスキー、株式会社商業界(月刊食品商業、月刊商業界)、ITベンチャーを経て2015年に制作会社のプレーンテキスト(http://plain-text.jp)を設立。流通小売業とテクノロジー、スタートアップについての取材・執筆を続ける。現在メルマガ「リテールアトラス(https://retailatlasjp.substack.com/)」運営中。著書に「店舗を読み解く技術シリーズ」、編著書に「リアル店舗は消えるのか?」(発行:日経BP)がある。

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