イオンの基幹システム解体新書。2000人を超える開発人員が関わる巨大インフラの全貌

イオンの基幹システム解体新書。2000人を超える開発人員が関わる巨大インフラの全貌

2025/7/15

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この記事に登場している人

橘川 貴文

Takafumi Kitsukawa

イオンスマートテクノロジー株式会社 取締役 CIOO
1993年に株式会社ダイエーへ入社し、システム物流本部システム推進管理部長などを歴任。2014年よりイオンアイビス株式会社にて管理会計プロジェクトリーダー、会計システム部長、ITソリューション開発本部副本部長などを歴任し、基幹システム開発を長年にわたり牽引。2024年にイオンスマートテクノロジー株式会社の取締役基幹システム統括責任者に就任し、2025年より取締役CIOOに就任。

    この記事を読むとわかること

    ・巨大な基幹システムの全体像と構成要素
    ・コンポーネント単位での進化を可能にする戦略的取り組み
    ・基幹システム開発の醍醐味と、求められる人材像

    スーパーのレジで商品のバーコードをスキャンし、タッチ決済で会計を済ませる。当たり前の買い物の光景だが、裏では巨大な基幹システムが動いている。POSレジから決済端末、在庫管理、発注、物流など、小売業のサプライチェーンを支えるイオングループの基幹システムは、もともとイオンアイビスが開発しており、2024年12月にイオンスマートテクノロジーに統合された。あまりに巨大で全貌が見えにくい基幹システムの現在地とこの先の未来に迫る。

    【目次】

    4つのステークホルダーを支える基幹システムの全体像

    まずはイオングループで使用されている基幹システムの全貌を明らかにしておきたい。

    基幹システムはビジネスの骨組みです。私たちの小売ビジネスには4つの主要なステークホルダーがいて、システムもそれに準じて構成されています。(橘川)

    具体的なステークホルダーは、お客さま、取引先、従業員、株主の4つだ。お客さま向けのシステムとは、店舗でのPOSシステムや決済端末など、買い物体験を支える店舗システムのこと。取引先向けは、商品の企画から調達、物流までを一元管理するMD(マーチャンダイジング)システム。従業員向けは、グループ全体で約50万人の従業員の勤怠管理や給与計算までを担う人事システム。そして株主向けには正確な情報開示を支える会計システムがある。さらに、これらのデータを統合し、経営判断をサポートする情報システムが整備されている。

    基本的なフレームワークは30年来変わっていないが、中身は進化し続けている。ただし、「全体を見て最適化しなければ意味がない」と橘川。商品の企画から調達、販売、売上、決算までの一連のプロセスが巨大なサプライチェーンを形成し、日々動いている。個々のシステムがいかに優れていても、サプライチェーン全体として機能しなければ価値は半減してしまうのだ。

    この基幹システムの規模は、日本の小売業界でもトップクラスだ。イオングループの主要な25社に採用されており、POSレジの数は約6万台、決済端末は約3万台、サーバー約3,000台、ネットワーク拠点5,000カ所、デバイス数は6万台以上にも上る。これらのシステムの開発・運用には、社員約250人を含む総勢約2,000人が携わっている。

     

    基幹システムを構成する圧倒的な規模のコンポーネント

     先ほど挙げた「店舗システム」「MDシステム」「人事システム」「会計システム」は、以下のようなさらに細かなコンポーネントで構成されている。注目すべきは、これらの各コンポーネントが独立したシステムとして機能していること。その一つひとつは、例えるならスタートアップ企業が展開するプロダクトほどの規模と複雑さを持つ。これほど多様な技術領域を同時に網羅できるのは、イオングループならではの規模感の強みだ。

    店舗システム

    お客さまの買い物体験を支える接点になるもの。買い物の利便性や快適さが向上し、店舗スタッフの業務効率化も実現する。次のようなコンポーネントで構成される。

    Cloud POS
    スマホやタブレットを活用した会計システム。お客さまの利便性向上を実現する。

    店舗システム
    お客さまの買い物体験を支える接点になるもの。買い物の利便性や快適さが向上し、店舗スタッフの業務効率化も実現する。次のようなコンポーネントで構成される。

    ネットスーパー
    ネットスーパーでの注文受付から配送までを一元管理。実店舗の在庫と連動し、鮮度の高い商品を効率的に配送する。都市部では当日最短3時間以内配送が可能。

    売価管理・プロモーション
    商品情報・価格・販促施策などを設定・反映する。地域や店舗ごとの価格設定、タイムセール、WAONポイントN倍キャンペーンなど、多様な販促プランを管理し、効果的な販売戦略を実現する。

    ポイント・クレジット
    WAONなどの電子マネー、各種クレジットを統合管理する。異なる種類のWAONカードにも対応。顧客満足度向上につなげる。購買データ分析、販促施策の効果測定にも活用できる。

     

    MDシステム

    バイヤーや物流担当者向けの商品管理システム。商品の企画・調達から物流、店舗への展開までをシームレスに管理し、商品の流れを最適化する。次のコンポーネントで構成される。

    商品システム・棚割
    商品の受発注や棚のレイアウトを管理する。発注業務はかつて熟練バイヤーの勘と経験に頼っていたが、AI需要予測により自動化されている。ストアマネージャーシステムとの連携で効率的な棚割が可能。

    物流システム
    PSS(配送管理システム)とWMS(倉庫管理システム)で構成され、効率的な物流運用を支援する。全国5000以上の拠点への商品配送を最適化し、在庫の偏りや欠品を防ぐ。

     

    会計システム

    経営層や財務部門向けのシステム。複雑な小売業の取引を正確に記録・分析し、データに基づいた迅速な経営判断や、株主や社会への適切な情報開示を可能にする。次のコンポーネントで構成される。

    売上管理
    店舗やテナントの売上を集計する。コンセッショナリー(スーパーに出店する専門店)との清算も自動的に行う。

    在庫管理
    在庫の数量や移動を把握し、ロスを計算する。適正な在庫を維持することで機会損失を防ぐ。

    仕入買掛・リベート
    仕入や振替の計上、買掛処理を行う。またメーカーから受け取る販売奨励金(リベート)の計算も行う。複雑な取引条件や値引きを正確に処理し、経理業務の効率化を図る。

    単品管理・分析
    販売・利益データをDWH(データウェアハウス)に集約し、商品単位で分析する。品揃えが最適かどうかを判断する材料になる。

    管理会計
    営業・損益情報を分析し、収支を可視化する。業績を多角的に分析し、改善施策の立案などに活用できる。

    財務会計
    帳簿・決算書の作成を行い、株主や投資家、金融機関に向けた正確な財務情報を提供する。

     

     人事システム

    従業員と人事部門向けの雇用管理システム。多様な雇用形態に対応し、正確で効率的に業務を行えるようにする。次のコンポーネントで構成される。

    勤怠管理
    従業員の出退勤やシフトを記録・管理。「建物入館→業務開始→業務終了→建物退館」という4回のカードスキャンで労働時間を把握し、適正な人員配置や労働時間を管理する。

    給与計算
    勤怠データと連動し、各種手当や控除を反映した給与を自動計算。正社員からパートタイマーまで多様な雇用形態や勤務体系に対応し、給与計算をスピーディに処理する。

    電子申請
    経費支払いや請求書などの申請業務を電子化。紙の申請書をなくし、承認プロセスのスピードアップを図る。

    固定資産
    店舗やオフィスの設備や備品を管理し、減価償却処理を行う。

     

    情報システム・インフラ

    これらの基幹システムに加え、各システムが生み出す膨大なデータを統合・分析する情報システムがある。たとえば店長は「今日の商品の販売数」「在庫状況」を、バイヤーは「商品カテゴリの売上傾向」を、経営層は「昨日の売上」「今月の利益」といった指標をリアルタイムに把握できる。また、これらすべてを支えているのが、サーバー、ネットワーク、デバイスなどのインフラだ。

    POSレジからAI需要予測まで、進化し続けるコンポーネント

    細かなコンポーネント一つ一つも進化している。たとえば店舗システムのPOSレジの変化は消費者にもわかりやすいだろう。この10数年で有人レジから、セルフレジ、あるいは支払いのみ自分へ行う「お支払いセルフレジ」へと変化してきた。支払い方法もタッチ決済など多様化した。橘川には「オンラインとオフラインの買い物が融合するOMOの時代の決済基盤として、Cloud POSを成長させたい」という構想もある。

     商品システムも変わってきた。かつては熟練の担当者が在庫を見ながら発注していたが、その後自動発注システムが導入され、今はAIが需要予測をしている。従業員はその分、売り場の棚割やメンテナンス、クレンリネスなどに集中できる。「このようなソリューションの変化はどのコンポーネントでも起こっていることです」と橘川は説明する。

     

    現在は、グループの物流戦略に基づき、物流システムのWMS(倉庫管理システム)の改革を進めている。これまでは取引先が店別に小分け納品をしていたが、これを総量納品にし、ロボティクスを活用して内製で小分けをする。さらに、様々な店舗形態に合わせた納品など、物流コストや商品原価、店舗の人時にインパクトを与えるシステムを構築し、グループ全体の価値向上に貢献していきたいと考えています。(橘川)

     

    進化を実現する戦略的な3つの取り組み

    このように各コンポーネントが着実に進化し続けられているのは、戦略的な取り組みを仕掛けているからだ。特筆すべき取り組みを紹介する。

    取り組み①構造の柔軟化

    1つ目は、構造の柔軟化、すなわちモノリシック脱却とクラウド移行だ。近年、iAEONアプリやモバイルアシスタント、電子レシートなどの新サービスが始まっているが、これらの背後ではすべて基幹システムが動いている。旧来のモノリシックなシステムは連携に制約があったが、アーキテクチャを全面的に刷新しようとすると「100年経っても終わらない」規模の作業になってしまう。

    そこでまずはオンプレシステムを全面的にクラウドリフトし、その過程でモノリシックだったシステムを機能単位で分割し、マイクロサービス化していった。これにより、APIを通じた柔軟な連携が可能になり、新サービスの開発もスムーズになった。現在、サーバーの約80%をすでにクラウド環境へ移行している。

     

    取り組み②現場を変える

    2つ目は、現場を変えること。最近の例だと2024年にイオンモール、イオンリテール、イオンタウンなどで業態別に異なっていた店頭の決済端末を統一した。POSレジの横に設置されている決済端末のハードウェアをすべて入れ替える大規模なプロジェクトだった。

     単なるハードウェアの入れ替えではなく、各グループ会社の事業ニーズをヒアリングして優先事項を分析し、最大公約数的な仕様を策定。すでに約3万台の決済端末のうち5000~6000台を更新済みだ。標準化によって、グループ全体での共通販促施策も展開しやすくなることが期待されている。

     現場を変えるには、丁寧な調整は不可欠だ。ある日突然、新たな端末を設置して「明日からこれを使って」と指示するようでは、現場の混乱を招きかねない。決済端末の入れ替え時も、「1店舗目では想定外の問題が続出し、その都度何度も現場に行きました」と橘川は当時の苦労を振り返る。多様なステークホルダーとの調整は、開発の成否を握るといっても過言ではないだろう。

     

    ステークホルダーとの調整で重要なのは、個別のシステムやプロダクトの話ではなく、ビジネス全体としての価値を説明することです。IT担当者はいきなり細かい技術的な話から入ってしまいがちですが、相手の興味・関心がどこにあるかを見極めることが大事です。(橘川)

     

    取り組み③ルールをつくる

    3つ目は、ルールをつくること。まさに今グループ全体で進行しているのが、グループ共通での商品マスター設計だ。現状、リアル店舗のマスター、ネットスーパー用のマスター、物流倉庫用のマスターなど、業務によって商品マスターがわかれているものを、メーカーやGS1(流通システム開発センター)と連携しながら、正確なデータを取り入れた共通マスターを作っていく。

     「共通マスターを作り、各店舗がマスター登録する手間を省ければ、年間数十万人時程度の業務効率化が図れる」と橘川。こうした基盤作りが、最終的なビジネスパフォーマンスに直結するのだ。

      

    進化の本質はインフラとしてのサプライチェーンの価値最大化

    基幹システムの進化において、橘川は「あるべき姿を意識することが大切」だと考えている。

     

    基幹システムは、電気・ガス・水道のようなものでなければなりません。必要な時に必要なだけ、一定の品質のものが必ず出てくる。しかも安定している。これが最低ラインだと思っています。(橘川)

     

    基幹システムの開発の狙いは明確だ。売上3000億円規模のスーパーでも、営業利益率はわずか1~2%。税金や店舗メンテナンスなどを考えると、システム投資には限界がある。

     

    そういう環境では、個社でシステムを開発しても競争力は出ませんから、グループのマスメリットを活かすしかありません。また、グループ全体でやる営業施策のアジリティを高めるのも、システムが共通化されていないとやりにくいのです。(橘川)


     

    変化の激しい小売業界において、「システムも時代に追随するのではなく、先手を打って勝たなければならない」と橘川は断言する。また、基幹システム開発においては、システムをどうするかより、「このサプライチェーン全体をいかに効率的に回せるか」という視点が重要だという。

     

    基幹システムを変革する4つの役割と求められる資質

    基幹システム開発の魅力は主に3つある。1つ目は、圧倒的な規模感と小売業という身近なシステムに携われること。2つ目は、高い信頼性(ミッションクリティカルさ)が求められ「難度高+大規模+身近」という組み合わせを経験できること。3つ目は、サプライチェーン全体をどうしたいのかを自分で考えて実現できること、言い換えると大きな視点からの価値創造ができることだ。

    基幹システムの開発はアウトソーシングが基本だが、そのコントロールと価値創造には専門性が必要。求める人材像は以下の4つのタイプだ。

    プロジェクトマネージャー
    複雑なステークホルダーとの調整や大規模プロジェクトを完遂する能力を持ち、多くの関係者と連携しながら成果を出せる人材。

    SME(サブジェクト・マター・エキスパート)
    特定領域の専門家として業界動向や技術に精通し、ベンダー提案の正当性を見極め、最適なソリューションを構築できる人材。

    運用コントローラー
    大規模システムの安全・効率的な運用設計と高度化を推進し、委託ベンダーと協力しながら状況をコントロールできる人材。

    ビジネスアナリスト
    全体感を持ち、サプライチェーン全体の最適化のために基幹システム全体をどう設計するかを考えられる人材。

    またソフト的な素質でいえば、「何か一芸に秀でていること」「常に自分をアップデートできること」「オープンマインドでコミュニケーションができること」の3つが挙げられる。

     

    基幹システムは使えて当たり前。ITの仕事は大きく褒められることが少ないのは事実です。それでも自分が苦労して作ったシステムが実際に現場で役立っているのを見ると嬉しいですし、達成感を覚えます。(橘川)

     

    日本トップクラスの小売業の基幹システムに携わるエンジニア一人一人の使命感や技術力が、私たちの日々の買い物体験と小売業界全体の未来を支えているのだ。

     



    イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。

    どんなことをしているのか気になる方は、お気軽にご連絡ください。カジュアル面談も実施しておりますので、まずはざっくばらんにお話しましょう!

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    ※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

    この記事を書いた人

    古屋江美子

    ライター。1977年山梨県生まれ。大阪大学基礎工学部卒業後、通信会社の情報システム部で、顧客管理システムの運用や開発に従事。その後、ライターとして独立。技術系Webメディアやテック企業のオウンドメディア、システム導入事例、エンジニア採用インタビューなどを中心に執筆している。神奈川県在住。

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