
この記事に登場している人
加藤 真史
Masashi Katou
イオンマーケティング株式会社 CTO
エンジニアでキャリアスタート、ソニー生命で次世代WEB標準策定、カカクコムで横断改善組織立ち上げを経てジョイン。現在イネーブリング組織立ち上げ、各種IT施策推進中
この記事を読むとわかること
・新CTOが立ち上げる「イネーブリングチーム」で、エンジニアが挑戦しやすくなる環境づくりの実際
・標準化・共通基盤づくりを通じて「無駄な再発明」を減らし、開発に集中できる仕組みのつくり方
・カカクコムやソニー生命での横断型組織づくりから学んだ、エンジニアの生産性を底上げする秘訣
・大規模組織の縦割りを乗り越え、技術導入やナレッジ共有をスムーズにするためのアプローチ
約300社の企業で構成され、小売業界でトップクラスの規模を誇るイオングループ。その中でイオンマーケティングは、イオンが提供する「WAON POINT」のポイントサービスを起点に、マーケティングサービスなどを展開しています。
今回お話を伺ったのは、2025年2月にイオンマーケティングCTOに就任したばかりの加藤真史さん。ソニー生命保険やカカクコムなどで、「横断型」の改善組織のチームビルディングを経験。イオンマーケティングを選んだ理由は、より生活者の近くでテクノロジー活用の課題解決に取り組めるからだとか。加藤さんはCTOの目線で、イオンマーケティングの課題をどう捉え、将来はどのような展望を持っているのでしょうか。詳しく伺いました。
【目次】
横断型の「イネーブリング組織」とは?
――イオンマーケティングのCTOに就任されて、約5カ月が経ちました。現在はCTOとしてどのようなことに取り組んでいるのでしょうか?
加藤今、取り組んでいるのは「イネーブリングチーム」の立ち上げです。これは、書籍『チームトポロジー 価値あるソフトウェアをすばやく届ける適応型組織設計』で紹介されている組織モデルで、「技術を持つ専門家集団」が会社を横断して、各部門が自立するまで技術支援を行います。
チームトポロジーの分類には、以下4つのタイプがあります。
ストリームアラインドチーム:ユーザーに価値を直接届ける事業チーム
プラットフォームチーム:ストリームアラインドの負荷を下げる機能を提供
イネーブリングチーム:他のチームが新しい技術を取り入れ自律するまで支援する
コンプリケイテッド・サブシステムチーム:特殊な機能を担当
「イネーブリングチーム」をロールプレイングゲームで例えると、新しい技や呪文を教えてくれる場所や人に相当し、最前線に立つ勇者パーティ(ストリームアラインド)をサポートし、成長を促します。
私はこれまでのキャリアで、この横断型組織の有効性を何度も体感してきました。

キャリアの原点 ― 標準化への挑戦、横断型組織づくり
――イオンマーケティングに入社されるまでは、加藤さんはどのようなキャリアを歩んできたのでしょうか?
加藤SIerでエンジニアからキャリアをスタートし、大手の生命保険会社に常駐して、二人三脚でシステム構築のご支援をしていました。
6年間ほど勤めて、2006年にソニー生命保険へ入社。今でこそ生保業界のトップ集団の一角を担っていますが、当時はまだまだ大手の背中を追う、急成長中の保険会社でした。SIer時代の保険業界の知識を活かせるし、伸びしろのある企業なら活躍できるチャンスがあるだろうと考えました。
入社当時は、技術が乱立していてアーキテクチャもバラバラの状態。単にベンダーの提案した技術に乗るだけの状態でした。そのため、自分たちで主導権を握るべきと考え、自社で採用する技術は、ベンダーに依存せず自分たちで評価判断し、決めるべきだと経営陣に進言しました。
ちょうどオンプレからクラウド化に移行する時代。特定領域に100%マッチする技術だからと導入したが、既存技術との親和性が低く、想定外にコストがかかったなど、経営層も危機感をもっていたようで、すぐに提案が受け入れられました。それからは、事業として必要な仕組みや技術アーキテクチャ、設計をベンダーと互角に語れる人間として重宝されるようになりました。
それで私はWeb標準化組織を設立し、全社標準プラットフォームとして規定した開発言語やフレームワーク、データベース、APIなどを決めて、そこへ他のチームに乗ってもらう座組みを作りました。最初は抵抗もあったのですが、各部門が自分でアーキテクチャ管理する必要がなくなったり、自社用の共通的な機能が準備され各自開発する必要がないことが理解され、徐々に浸透していきましたね。
3社目のカカクコムは「全体最適化のための横断型組織を作りたいので、起ち上げができる人が欲しい」とスカウトされました。ゼロから自分の新しい横断組織を作れることが魅力で、入社を決めました。

どの企業にも起こる現象ですが、縦割りでナレッジが共有できていなかったり、同じ課題をどのチームもバラバラに抱えていたりなどしています。そこで、横断型の「デベロッパーエクスペリエンス室」を起ち上げて、複数のチームに横串を刺しました。
刃を研がず生産性が下がり続ける「木こりのジレンマ」
――「横断型組織」とは具体的にどんな仕事をするのでしょうか?
加藤例えば、新しいシステムを入れる際は、さまざまな承認が必要なこともあり、大変ですよね。現場のあるチームが個別にツールを導入しようとすると、情報セキュリティの観点からセキュリティ部門や、法務部門のチェックを通したり、どれくらいのコストで、効果がもたらされるのかを経営に説明したりしなければなりません。
そういった個別の面倒ごとをすべて巻き取ってやります、という横断型の組織を作ったんです。現場のチームは、ツールなどを使いたい場合に、使うだけで済みますからラクです。
一般的な企業だと、トップが「AIを使え」「ChatGPTでソースコードを書け」と言ったとしても、いったい誰が導入の手続きを進めるのかと評価はどうするのか検討しているうちに、話が止まって消えてしまいます。そこで横断チームが、忙しい現場に代わってすべてを引き受けるのです。
私はよく「木こりのジレンマ」という話をよくします。木を切る職人の木こりが、斧を使って木を切ろうとしているとします。しかしその木こりの斧の刃は、研いでいないので、切れ味が下がってしまっている。なぜ刃を研がないのかと木こりに問うと、「忙しくて刃を研いでいる時間がない」との返事。

これはどの現場でも起きている「あるある」現象だと思います。「忙しくて、AIの導入や業務改善なんて、やっている場合ではない」「でも研いだほうがよく切れるのは知っている……」。これが「木こりのジレンマ」です。みんなが、どの組織でも、板挟みの状況に陥ります。
そこで、イネーブリング組織の出番です。しかも、研ぐ以外の選択肢も提案できたらどうでしょう。「斧ではなくて、チェーンソーに代えたほうが良くないですか?」という場合だってあります。そもそも刃こぼれしないように、もっと効率の良い斧の振り方もあります。あるいは、他社事例の中にはもっと簡単に木を切れる角度があるというノウハウがあるみたいだ、だったらその事例を集めて取り入れたほうがいいでしょう。どれくらい効果があったのかも知りたくなりますので数値も可視化しましょう。
そうやって横断的に共通課題を見出して、みんなの代わりに課題解決の手助けするのが横断型のイネーブリング組織です。Aチームで良いノウハウが出てきたらそれを横展開したりもします。Bチームが上手く活用していたらそれを可視化して、ランキングを発表したり表彰したりもしました。
ときに褒めて、活用頻度を上げる工夫も必要です。私はさらに、全チーム220名を回って説明したりもしました。各チームの特性を知るためです。ときに反発もありますから、丁寧な対応が必要です。
ただし、最後に斧を握って振るうのは、各部門の人たち。道具を握って使う部分までは、私たちはお手伝いができません。

――その知見をイオンマーケティングにも導入するということでしょうか?
加藤はい。共通している点は、情報の透明化と分析、ナレッジの共有、可視化によって他者の視線を入れること、です。さまざまな企業で経験してきた私の横断組織の経験を、イオンマーケティングでも実装したいと考えています。
加えて、過去所属していたソニー生命保険では巨大ソニーグループ企業の一員であり、かつエンタープライズ企業でもある点がイオングループに所属しているイオンマーケティングとの共通点です。またテック企業のカカクコムでは、横断型組織のチームビルディングや、全体最適を経験しました。これらのエッセンスをいいとこ取りして当社に注入できればと考えています。
これまで私は主に無形商材を扱う企業にいましたが、データの出方が違います。やはり小売というリアルの店舗があると、人間の購買行動が全然違います。イオングループは小売のトップクラスなので、その強みを活かして、CTOとしてデータを活用したマーケティング/データ分析部門に貢献していきたいと考えています。

WAON POINTを支えるイオンマーケティング
――改めてイオングループ内でのイオンマーケティングの立ち位置を教えてください。
加藤主に3つの事業を中核としています。
ポイントサービス運営:WAON POINTの付与やキャンペーン企画
マーケティングサービス:会員情報・購買データの分析提供
メディアサービス:データを活かしたプロモーション支援
いずれもWAON POINTの会員情報が起点になっていて、イオングループ各社とWAON POINTのパートナー企業や加盟店など、お取引先さまの業績向上につなげる支援を行っています。

また、社名にマーケティングと付いている通り、データを元に分析結果を提供し、購買活動や売れ筋傾向などのデータを、グループ会社や取引先メーカーさんにご提供して活用いただく活動も行っています。
ただし既存案件で手一杯で、現状は、言われた通りに機能実装するだけのIT部門になってしまっています。データ活用や技術面をもっと事業部門に向けて提案ができる組織に変革すべきだと考えています。
可視化して判断を入れる重要性
――具体的にはCTOとして、どこから改革に着手していきたいですか?
加藤私は新しい組織に入るとまず、開発組織の可視化から始めます。まず現状を把握してから課題を見つけていくのは、鉄則です。方法論はいくつかあるのですがEA(エンタープライズアーキテクチャ)で行っています。
データ基盤は何種類あるのか、開発言語は7種類あって、フレームワークは20種類ほどある、などと現状を把握します。また、すべてを外注しているので、ベンダー提案の技術を導入していた背景があるようでした。これは予想通りで、これまで体験したパターンと同じ状況です。

しかも現場のメンバーたちは、自分のチームと他のチームで使っている技術やアーキテクチャが違うことを感覚的に分かっています。しかし網羅的に数字や事実で突きつけられることがないので、誰も全体を把握していません。よくあるのですが所管役員やCTOすら全部は知らなかったりします。どの企業も最初はそうでした。

そうやって整理をして、すべてを議論のテーブルの俎上に乗せ、IT部門や経営陣に見てもらいます。ここで誤解なきようにお伝えしたいのですが、私はすべての方法を統一したり、一つに集約させたりしたいわけではありません。部分最適の要素が強くても会社にとってメリットのほうが大きいと判断することはあります。
一方、類似機能が重複していたり、技術スタックの種類ごとにメンテナンスや更改をするのは、多重に労力やお金をかけていてもったいないと実は現場メンバーも思っていた、などの事実が浮き彫りになることもあります。
つまり、「バラバラだからダメ」とか「一つに寄せたほうが良い」など二元論ではなく、情報を可視化して詳らかにした上で、人の判断と意思を入れることが重要です。その上で、「ベストではないけどベター」「現状ではこの選択がベスト」と意図して選択をしているのならOKなんです。
さらに言うと、その判断軸もまた時代によって変わっていって良い。逆に、ただ惰性でかつてのデファクトスタンダードを使い続けているだけで、結果的に不必要なコストになってしまっている状況であれば、判断を入れたほうが良いでしょう。
一番マズいのは、議論のテーブルに乗せることなく年月が過ぎ、いざ蓋を開けてみたらとんでもない状況になっていた、という事態です。これは何としても避けたい。
何年か経てば当然ながら技術も常識も変わっていきます。クラウドやAIが出てくる前と後とではすべての状況が違いますよね。変わる前提で計画を変えていけば良い。その上で、つねにIT戦略とロードマップをメンテナンスし続けていく必要がある。それだけです。
場合によっては、ある言語やデータベースを廃止する判断も出てきます。新しい技術に合わせて判断を重ねることが大切で、なぜ今これを扱っているのかと自問自答できる組織になれれば、自ずと変わっていくはずです。
データ活用で新しい事業の柱を
――現時点でイオンマーケティングをどのような組織にしたいという展望を描いていますか?
加藤データ分析を事業の柱の一つに据えたいとの考えを持っていますが、一足飛びには叶いません。 手がつけやすい部分なら、例えば、マーケティング分析のレポーティングなどのやり取り。まだまだ人の手を介しているので、仕組み化してシステム面の拡充をしたいと考えています。お客様や取引先の情報を問い合わせたいときに、AIを使って自然言語で質問したらデータを抽出して返すようにしたりするなど、方法はたくさんあります。
また、任意ではなく全社員にMicrosoft Copilotも導入しました。これは挙手式にすると使わない人はとことん使わないので、新しい技術を使わない人にこそ使ってもらうためです。
世の中的に、事業側へテクノロジー側から提案をしてほしいと要望されることが増えてきました。テクノロジーの進展が早すぎて、従来の事業部門では発想が追いつかなくなっているようです。そこでIT部門から、AIの可能性などをプレゼンしてほしいと。私たちの存在価値が高まっています。
イオンマーケティングは店舗や在庫を持たない点で、小売企業でありながら「テックカンパニー的な側面」を強く持っています。事業の本質はデータを提供し、分析し、活用して価値を生み出すことであり、その意味では純粋なテック企業と変わりません。だからこそ、このデータ事業は小売に次ぐ新しい柱となる可能性を秘めています。その先鞭の一つが、現在進めているイネーブリング組織の立ち上げです。
さらに今後は、一部を内製化するためにエンジニア採用を進め、これまで外部依存だった領域にも機動力を持ち込みます。新しいアイデアを試したいときや取引先から相談を受けたときに、仮でも良いので素早くプロトタイプを作り、実際に現場に出してみる。そして結果に応じて軌道修正していく。この繰り返しこそが、これまでの重厚長大型の発想にはなかったアジャイル的なアプローチであり、変化の速い時代に適応する上で不可欠だと考えています。
もっとも、すべてを内製化すればよいわけではありません。当社のIT部門のリソースは少ないため外部パートナーと協働するメリットも大きく、当社としては「内製と外部委託のハイブリッド型」を取るのが現実的かつ、したたかな戦略だと捉えています。重厚長大な仕組みが必要な領域と、スピードを重視して小さく作り替えられる領域を切り分け、バランスよく取り入れることが肝要です。
また、こうした変革を支えるにはIT人材の確保が欠かせません。そのためには、当社が進めている取り組みを社外に発信し、採用ブランディングを強化していく必要があります。IT人材にフィットするカルチャーづくりも同時に進めなければなりません。そのため「ここで働きたい」と思ってもらえる環境を整えていくつもりです。
将来的には、経営ダッシュボードや案件進捗ダッシュボードを推進し、経営層から現場メンバーまでが同じ指標を見ながら業務を進められる状態を目指します。情報格差をなくし、共通の視座を持って働ける環境を整えること。それこそがイオンマーケティングが次のステージに進むための基盤であり、グループ全体に新しい価値を還元する道だと考えています。

イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。
イオンマーケティングの採用情報もぜひご覧ください。
※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。
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