
この記事を読むとわかること
・「JANコードを送るだけ」というシンプル設計
・アプリ・POS・店舗オペレーションの3領域すべてを把握しなければならない小売DXの複雑さ
・購買データを顧客IDと紐づけた転換点
・決済ツールからリテールメディア収益化へ進化しようとするレジゴー
イオンリテール約300店舗で稼働しているイオンのモバイルスキャン決済「レジゴー」。平均利用率は20%を超え、顧客IDとの連携も進む。小売×ソフトウェア×データが交差するこのシステムの構造と設計思想を、開発担当であるイオンリテールストアオペレーション本部ITシステム部チェックアウト改革Gの焼田智也氏へのインタビューをもとに解き明かす。(取材・執筆 プレーンテキスト 鹿野恵子)
【目次】
レジ待ちはなぜ消えないのか
スーパーマーケットの「レジ待ち」は、小売業が長年抱えてきた構造的な問題だ。レーンを増やせば人件費がかさむ。セルフレジを増やしても、お客さまがスキャンする手間は残る。根本的な問題は、「商品の登録」と「決済」がレジというボトルネックに集約されていることにある。
2018年、Amazonはこの問題を正面から突破しようとした。AIカメラと棚センサーを組み合わせ、お客さまが商品を持ち歩くだけで自動決済が完了する「Amazon Go」だ。ゲートをくぐり、商品を手に取り、そのまま店を出る。レジにおける商品登録作業と決済作業が消えた店舗空間は、小売の常識を根底から揺さぶるものだった。

SounderBruce - 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=56922594による
しかし2026年1月、Amazonはそのレジなし店舗を全店閉鎖すると発表した。公式発表の中でAmazonは、「大規模展開に必要な適切な経済モデルを備えた、真に差別化された顧客体験をまだ創出できていない」と自ら認めている。センサー群の導入・維持コストが重く、既存店舗への後付けが難しい構造が、スケールを阻んだ。
一方、国内では異なるアプローチが進化している。
トライアル(TRIAL)が展開するレジカート「Skip Cart(スキップカート)」は、ショッピングカートにタブレット端末とスキャナーを搭載し、通常のレジに並ぶことなく買物を済ませることができる仕組みで、2026年3月時点で270店舗以上に導入され、約2万3000台が稼働している。 カート型のハードに専用端末を搭載したこのアプローチは、スキャンという行為をお客さまに委ねることで、インフラコストを抑えながらレジ待ちを削減した。
そして国内小売の雄、イオンが選んだ答えがモバイルスキャン決済「レジゴー」だ。

お客さま自身のスマートフォンを活用するアプローチを採りながら、既存POSとの接続に徹した。その設計思想と仕組みを、イオンリテールの焼田智也氏へのインタビューをもとに解き明かしていく。
ここで、レジ周辺の技術進化を整理しておこう。
従来の「有人レジ」は、スキャン・会計・決済のすべてを従業員が担うものだ。そのため人件費と時間の両方がかかる。
「セミセルフレジ」は、スキャンを従業員が行い、決済だけをお客さまが機械で行う折衷形態だ。
「フルセルフレジ」は、スキャンから決済までお客さまが担うが、レジという場所に縛られている点は変わらない。
レジゴーの本質は、このスキャンという行動の場を「レジ前」から「売場全体」へと解放したことにある。
お客さまは買物をしながら商品をスキャンし、レジエリアでは精算だけを行う。レジ前での商品登録の時間がゼロになることで、レジ待ちという「お客さまの負」そのものが消える。
イオンのモバイルスキャン決済「レジゴー」は何をしているのか
「仕組みとしては本当にシンプル」とイオンリテールでレジゴーの開発を担当する焼田氏は語る。核心を一言にまとめると、「アプリでスキャンしたJANコードのデータを、レジへ転送する」というものだ。
具体的な流れはこうだ。
起点となるのは商品マスターだ。店舗ごとに存在するMDBO(Master Data Base Object/Master Data Management等)と呼ばれる商品マスターのデータは、毎日0時にレジゴーサーバーへ自動転送・同期される。
お客さまがレジゴーのスマートフォンアプリまたは専用端末で商品のJANコードをスキャンすると、その商品名や売価がリアルタイムで画面に表示され、合計金額が積み上がっていく。


買物が終わったら精算機でお支払いコードを読み込み、データを転送して支払いを行う。精算機は、既存の有人レジやセルフレジと基本的に同じシステムで「商品登録の流れだけが違う」と焼田氏は端的に表現する。
ただし、シンプルであるがゆえに配慮しなければならない点もある。MDBOからレジゴーサーバーへの価格同期には若干の時間差が生じてしまう。たとえばタイムセールで値下げした商品を、お客さまがその直後にアプリ等でスキャンすると、旧価格で表示される場合がある。この場合は最終精算時に売価の再チェックが入り、正しい金額で決済される仕組みで補完している。
アプリはiOS・Android両対応のレジゴーアプリとしてもリリースされている。お客さまが位置情報をもとに最寄り店舗に自動チェックインすると、アプリはその店舗の売価マスターを吸い上げたレジゴーサーバに接続する(なおレンタル端末は店舗ごとに固定設定されているため、他店では使えない)

スキャン忘れ対策と不安の払拭
セルフスキャンで課題とされるのがお客さまのスキャン忘れ、スキャン漏れなどへの対策だ。当初は各精算機の画面横に設置してあるパネルにお支払いコードをかざしてアプリから精算機へ情報を移行、即会計が完了する設計だったが、従業員の目視による確認をすると、最短10秒という短い会計時間が無駄になってしまうため、スムーズな仕組みを導入する必要があった。そこで現在は二段階の対策を実装している。
まず導入されたのがグリーンチェックと呼ばれる出口ゲートでの確認だ。お支払い完了後にアプリに表示される2次元コードをゲートにかざしてチェックする。これは従業員側の確認と、お客さま自身の「ちゃんと払えているのか」という安心感を同時に満たすために導入されたものだ。次にフロントチェックとして、精算エリア入口で従業員用タブレットに商品明細を表示し、カゴの中身と点数を簡単に目視照合するという対応も行うことになった。

ちなみに、バーコードのスキャンを意図的に1回ずつしか行えない設計にしているのは工夫の一つだ。連続でスキャンできるような機能の要望はお客さまからいただいていたが、カートホルダーにスマホを置いた状態でカメラを常時起動すると、カゴ内の既スキャン商品を誤って再スキャンしてしまう問題が生じる。
焼田氏曰く、「どちらを取るかという話」ではあるが、いかにスキャンの正確性を保つかという意図を設計に落とし込んでいる。
レジゴーの開発が技術的に面白い理由の一つは、三つの専門領域にまたがるという点だ。アプリ開発・POSシステム・店舗オペレーションの三領域、すべてを横断する知見が求められる。
「何か1個だけわかっているだけでは足りません」と焼田氏はいう。障害が発生した場合も、不具合の原因が「アプリ側か、売価連携か、POSか」を切り分けられなければ対応ができない。新機能を開発する際も、店舗オペレーションに与える影響を把握しなければ机上の空論になる。
このシステムを担う開発チームは少数精鋭。イオンリテール社内の担当者は、部長・マネージャー各1名、システム担当2名、オペレーション担当2名のあわせて6名。実際の開発はPOS側はAST(イオングループのシステム会社)とPOSベンダー、レジゴー側は当初からの専任ベンダーが担うが、意思決定と仕様設計の中枢は6人が担っている。
国内最大級の購買のデータが拓く次の世界
2024年9月、レジゴーはイオンの決済・ポイント・店舗情報をまとめた公式トータルアプリである「iAEON」内のミニアプリとしての統合を果たした。乱立するイオンのアプリを集約し、より使い勝手のよいものにするというのが目的の一つではあるが、この変化は単なる「アプリ統合」以上の意味を持つ。
それまでレジゴーアプリは、ダウンロードするだけで会員登録が不要な設計だった。登録不要であるから使いやすい反面、「誰が使っているか」がまったくわからない。
それが、iAEONのミニアプリとして統合されたことで、iAEONのIDが自動連携されるようになった。これにより、iAEONのIDと行動データ、「イオンお買い物アプリ」のクーポン利用データ、決済手段(WAON、イオンペイ等)、電子レシートなどなど横断して、一人の顧客の購買行動が初めて「見える」ようになる。
さらに開発中の広告機能も加わりつつある。アプリ起動時や特定商品スキャン時に広告を配信する仕組みだが、この仕組みが顧客IDと紐づけば、いわゆる1to1マーケティングとリテールメディアへの接続が実現する。「イオンAD」としてメーカーなどに展開するリテールメディア商材とも連動し、メーカーにとっては「特定の行動をした顧客に、店内でリアルタイムに介入できる」広告媒体が生まれる。
2024年度のレジゴー取引件数(データ交信の数)は年間約5億件。26年度にはイオンリテール全400店舗への展開を計画しており、さらにイオン北海道・ダイエーなどグループ各社への横展開も進む。数字はさらに膨らむ見通しだ。
現在のレジゴー決済の売上構成比は25%程度。目標の30%まであと一歩だが、焼田氏はこの数字を「利用率」だけで語ろうとしない。顧客分析、広告配信、1to1クーポン、リテールメディア収入という第三の収益源──そのすべての起点に、このレジゴーで得られるデータがある。
2026年1月、ようやくすべてのセルフレジの機種とレジゴーとの接続の仕組みが整った。これまでレイアウトの関係でレジゴー専用精算機を置けなかった小型店でも、通常のセルフレジで精算ができるようになり、全店展開への最後の壁が消えた。
「この年間5億件の件数を、今後どうやって活かすかを考えるところが難しいところでありやりがいのあるところ」と焼田氏は言う。
「買物の負」の解消は、スタートラインに過ぎなかった。レジゴーはまだまだ、進化の途中だ。
※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。
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