
この記事に登場している人
翁長 聡史
Satoshi Ounaga
イオンスマートテクノロジー株式会社 iAEON開発ディビジョン iAEON開発ユニット iAEON開発チーム スクラムマスター
新卒で入社の銀行系システム子会社では、ホスト系システム開発を経験後、銀行グループ内会社におけるアジャイル開発推進などを担当。
2022年9月にイオンスマートテクノロジー入社後、ゼロからのアジャイル開発(スクラム)導入・推進をスクラムマスター/アジャイルコーチとして絶賛取り組み中。スクラムがもたらす価値を信じてスクラムに挑み続けている。お気に入り店舗はイオンレイクタウン。
Scrum Alliance 認定スクラムプロフェッショナル-スクラムマスター(CSP-SM)、認定スクラムプロダクトオーナー(CSPO)
この記事を読むとわかること
・スクラムを導入し、アジャイル開発の価値を実証した取り組み
・プロダクトオーナーの役割強化に向けたトレーニングと支援内容
・4チーム体制への移行をメンバー主体で推進し醸成した「自分たちで決める」文化とは
「スクラムがもたらす価値を実証したい」——これが2022年9月、イオンのiAEONアプリ開発チームにスクラムマスターとして参画したイオンスマートテクノロジー(以下、AST)翁長聡史の思いだった。前職ではアジャイル開発を支援する立場に徹していた翁長は、今回こそ現場でスクラムがもたらす価値の実現を実際にやってみたいと考えていた。そして2年半後、「スクラムマスターがいなくても回る」という理想の姿に、チームは少しずつだが着実に近づきつつある。
専任のプロパー社員2名からスタートした開発体制は、現在では3つのスクラムチームへと成長。開発の主要な部分をすべて内製で対応できる体制が整っている。ASTにアジャイル開発が浸透していくまでの2年半の軌跡を追った。
【目次】
プロダクトの進化が示すスクラム成功の証
「電子マネーWAONカードがiAEONに登録できない」——かつてはそんな低評価レビューが目立っていた状況から一変し、現在ではApp StoreやGoogle PlayでのiAEONのレビュースコアは4点台を維持している。
リリース時の障害も激減し、2024年度には、ASTのなかで最も安定して稼働するシステムのひとつとなった。1カ月ごとに迎えるアプリリリースも、ほぼ外すことなく毎月の更新を続けている。「昭和的な開発手法では、とっくにパンクして品質も下がっていたでしょう」と翁長は言う。
これらの成果は、スクラムチームが自律的に動き始めた証といえる。しかし、当初は開発メンバーの誰もがアジャイル開発の経験がないゼロの状態からのスタートだったこともあり、ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。
ゼロから始めたアジャイルへの挑戦
ASTがアジャイル開発を選択した背景には、3つの明確な理由があった。1つ目は、不確実性の高い要件に対して優先順位や内容の柔軟な見直しを可能にすること。2つ目は、お客さまや事業会社からのフィードバックを手軽に取り込めるようにすること。そして3つ目は、開発プロセスの一貫性を高め、再現性のあるより効率的な体制を築くことだった。
前職では企画部署でキャリアを重ね、そのなかで支援者としてアジャイル開発の推進も担当してきた翁長。「とりあえずデイリースクラムだけ」「レビューだけ」といった現場の意向に対して、自身の考えを完全に押し切ることができず、立場上の限界を感じていたという。翁長はAST入社当時の思いを次のように語る。
今回こそは、スクラムの型をしっかり整備して始めたらどうなるか、それを実証したかった。そして、スクラムが本来もたらしうる価値を実現したいと考えたんです。(翁長)
入社後、翁長が最初に取り組んだのは導入推進のロードマップ作り。これを当時の経営陣に示し、承認を得た。そして、「なぜアジャイルなのか」「なぜスクラムなのか」という本質的な理解を深めるための初期トレーニングを実施した。
しかし、スタート直後から大きな課題に直面する。内製開発のメンバーとして採用された人材の多くが、別のプロジェクトに"出稼ぎ"に出ていたのだ。開発に専念できるのは翁長ともう1人のエンジニア、わずか2名という状況だった。
「このままでは内製化もスクラムも進まない」——翁長は当時の副社長に直接相談することを決意する。「アジャイル開発を成功させるには、メンバーが1つのチームとして専任で取り組むことが不可欠」という考えとともに、当時の状況を正確に説明することにより、1カ月以内にメンバーの専任化を実現できた。
一方で、ビジネス側は「スクラムマスターって何?」という疑問から、「本当にうまくいくのか」という不安の声まで、懐疑的な反応を示した。内製化を含めて、当初はそれほどポジティブな反応は得られなかった。
最初の試練を乗り越え、「型」を守り抜いた黎明期
チームの第1号案件として選ばれたのは、電子マネーWAONカードのWAON POINTをiAEONに登録・合算する仕組みの実装だった。比較的難易度の低い要件からスモールスタートを切る作戦だ。
しかし、開発は予定どおりには進まなかった。当初5スプリントほどで完了する見込みだったが、事業会社側からの要件追加により、2023年2月のフェーズ1と8月のフェーズ2に分けての開発となった。
スクラムに不慣れななかでのスコープ変更は、チームにとって大きな試練でした。しかし、要件・要求の変化に対して柔軟に対応するという、アジャイル開発ならではの貴重な体験となりました。(翁長)
この時期、翁長が最も重視したのが、スクラムの型を確実に守ることだった。世の中には一部のプラクティスのみを取り入れる段階的な導入例も多いなか、翁長はスクラムのイベントを1つも欠かさず実施することを選んだ。最初のチームメンバーもこの方針に応え、真摯に型を守り続けた。
最初のチームメンバーが、スクラムの型をしっかりと守って実践してくれたことが、今の状態につながっている大きな要因です。(翁長)
半年後には、実際の開発経験を踏まえたフォローアップトレーニングを実施。この頃には、メンバーたちから実務での経験に基づいた具体的な意見や気づきが出てくるようになっていた。最初は「こんなものなのかな!?」という反応だったメンバーが、スクラムの価値を実感を持って語れるようになっていたのだ。
ただし、この2年半を経て、翁長は新たな気づきも得ていた。「振り返ってみると、初期トレーニングの段階からスプリントを回すというアプローチもあったかもしれません」と考察する。また、必要に応じて段階的にイベントをエンハンスしていくという、「型を守る」とは逆のアプローチの可能性にも言及する。
経験を通じて気づきを得る機会をもう少し意識的に作れたかもしれません。チームの状況に応じてイベントのプロセスを設定していく――そういったバランスの取り方もあると思います。(翁長)
とはいえ、最初から型を重視したアプローチを選んだことへの後悔はないという。
何も用意せずに始めてうまくいった例を見たことがありません。型があったからこそ、チームが迷うことなく前に進めたのだと思います。(翁長)
文化を引き継ぐチーム分割・拡大の道のり
2023年8月、開発領域の拡大に伴い、チームの拡張が必要になってきた。世界的に実績のあるLeSS(Large-Scale Scrum)のプラクティスを採用し、1チームだった6名のメンバーを2つのチームに分割することを決断する。
この分割にあたって翁長が重視したのは、既存チームの持つ文化や特色の維持だった。新しいチームを一から立ち上げるのではなく、既存メンバー6名を均等に配置することで、これまで培ってきたチームの"色"を両チームに引き継ごうとしたのである。新しいメンバーが加入した際も、既存メンバーがチームビルディングを主導できるよう、メンバー同士の相性なども考慮しながら慎重に人員配置を決めていった。
既存メンバーの誰とペアにすれば相性よく回していけそうかなど、メンバーの配置についても細かく考慮しました。(翁長)
この頃には、ビジネス側の理解も徐々に深まっていた。WAONポイント登録機能の実装や、その他の要件への着実な対応、そして何より障害の減少という目に見える形での改善が、信頼獲得につながっていった。
そして2024年4月末、さらなる飛躍が訪れる。3チーム体制への拡大だ。これまで翁長が2チームのスクラムマスターを兼任してきた体制から、各チームに専任のスクラムマスターを配置する新たな段階へと進化。新たなスクラムマスターの採用と並行して、既存メンバーからもスクラムマスターを育成。認定資格の取得も支援し、より強固な体制を整えていった。
チームに自律性が芽生える
3チーム体制への移行と並行して、より本質的な変化が起きていた。チームが自ら考え、行動を起こすようになってきたのだ。
その変化を象徴するのが、スクラムのイベントに関する議論だった。黎明期に導入したプレイベントやポストイベントについて、チームから「本当にこの時間は必要なのか」という指摘が出始めたのである。これは単なる不満の表明ではなく、チームが自らプロセスの効率性を考え始めたことの現れだ。
当初はある意味、先生と生徒のような関係が成立していたのかもしれません。しかし今では、スクラムのフレームワークに沿いながらも、それが本当にチームの課題解決に効果的なのか、なぜその取り組みが必要なのかを、メンバーが自ら考え、意見を言ってくれるようになりました。(翁長)
この変化は、翁長の意識的なアプローチによって促された面もある。徐々に自身の関与度合いを減らし、チームが自分で考え、動かなければならない状況を作っていったのだ。
スクラムマスターとしての立ち位置も慎重に調整された。スクラムマスターは通常、チームより多くの知見を持っているが、だからこそ陥りやすい罠がある。「それはスクラムのやり方と違う」と頭ごなしに否定してしまうことだ。翁長はそれを避け、異なるアプローチを選んだ。
チームの提案に対しては『なぜそうしたいのか』という意図をしっかり聞き、そのうえでチーム全体で影響を考える。本来やりたいことに対して、スクラムやLeSSの考え方からどうアプローチできるか、チームで考えてもらえるような誘導を心がけています。(翁長)
さらに2024年10月、チームの自律性をさらに高める大きな転機が訪れる。スクラムマスター経験を持つ久保の参画だ。
久保は『無邪気にひっかき回しています』と自身の役割を表現しますが、その存在は確実にチームに良い影響を与えています。まだ20代ながら、目線が高く、既存の進め方に対して建設的な問いかけをしてくれる。そのことが、他のメンバーの意識も刺激してくれているんです。(翁長)
▲右より翁長、久保
こうして、ASTのスクラムチームは新たな段階へと進んでいく。形式的なスクラムの実践から、チーム自らが考え、改善を提案できる段階へ。翁長が目指していた自律的なチームの姿が、少しずつ現実のものとなっていった。
成長がもたらした新たな課題
チーム拡大に伴ってパートナー企業のメンバーが増えたことで、開発体制の理想と現実のギャップという新たな課題も見えてきた。法令上、請負適正化の観点から、ミーティングでの会話の範囲や指示系統に一定の制約が生まれ、スクラムが理想とする完全なフラット化が難しい状況が続いている。
この制約に対して翁長は、できる限りの工夫を重ねている。たとえば、スプリントレビューでは、担当した機能についてパートナー企業のメンバーがパートナーリーダー同席のもと直接デモを行い、ビジネス側から直接フィードバックを受ける機会を設けている。「業務上必要かつ可能な範囲でできることは積極的にやってもらうようにして、なるべくプロパーのメンバーとの差をつけない工夫をしています」と翁長は説明する。
最大の課題は、ビジネス側のプロダクトオーナー(PO)の役割確立だ。イオングループという組織の特性上、iAEONアプリに関わるステークホルダーは多岐にわたる。グループ内の各事業会社やサービス部門が、それぞれの要件や優先順位を持ち込む。そのため、1人のPOがすべての判断を担うことは現実的に難しい。
この課題に対処するため、2024年3月から統合バックログの仕組みを導入。さまざまなステークホルダーや推進部署から個別に上がってくる要求を1つのバックログに統合し、iAEONアプリにおける要件の優先順位を一元管理する取り組みを始めた。週次で統合バックログの確認を行う場を設け、新たな要件の追加可否や優先順位を議論している。
しかし、翁長は「もっと早くできたはずだった」と振り返る。
開発チームよりも距離のある部分こそ、早めに手を打つべきでした。バックログ管理は最初からビジネス側のPOを巻き込むべきだったと、今は感じています。(翁長)
現在は、POの役割に対する理解を深めるため、フォローアップトレーニングを実施。スクラムにおけるPOの役割や、iAEONアプリのPOとして意識すべきことなどを伝え、継続的な支援を行っている。完璧とは言えないものの、統合バックログの意義や位置づけについての理解は着実に深まってきているという。
「自分たちで決める」未来へ - 4チーム体制という次なるステージ
2025年度、iAEONアプリ開発内製チームは4チーム体制という新たな挑戦を迎えようとしている。今回のチーム分割で、翁長は大きな決断をした。これまでは自身が分割案を示してきたが、今回は「いつ分割するか」「どう分割するか」の判断自体を、チームのプロパーメンバーに委ねるつもりだ。
「チームが成熟してきた今だからこそ、自分たちで決める形に変えていきたい」。この言葉には、この2年半で築き上げてきたものへの確かな手応えが込められている。
振り返れば、アジャイル開発の経験者が誰もいないゼロからのスタートだった。スクラムの型を1つ1つ学び、実践してきた。そこから、プロダクトの品質は大きく向上し、チームは自律性を獲得。何より、メンバー一人一人がスクラムを自分ごととして捉え、主体的に改善を提案できるまでに成長した。
4チーム体制への移行は、単なる規模の拡大ではない。メンバー自身が分割の判断を担うことは、ASTのアジャイル開発が新たな段階に入ることを意味している。4チーム化後は、よりいっそう自律的な活動と自由度を高める環境を整えていく必要がある。チームメンバーには、当事者意識を持ち、自らの責任のもとで改善や革新に取り組むことが期待される。これまで以上に各チームが独自の判断で課題を見出し、解決策を模索する文化が根付いていくだろう。かつて翁長が思い描いた「スクラムの価値」は、確かな形となって現れ始めている。
▼2025年2月27日開催「内製開発Summit 2025」の登壇資料
▼iAEON開発チームのチームビルディングについてのブログ
リモート中心チームがリアル集合!チームビルディング実践レポート!

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