イオンのサプライチェーンを変革するDXチームが新設。8割が店舗経験者で構成される戦略的意図とは

イオンのサプライチェーンを変革するDXチームが新設。8割が店舗経験者で構成される戦略的意図とは

2025/7/25

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この記事に登場している人

茂木 聡

Satoshi Mogi

イオンスマートテクノロジー株式会社 リアルタイム経営システムディビジョン ディレクター
1998年ジャスコに入社。大阪エリアの店舗で9年ほど従事。家電売場からはじまりアプライアンスやホームファッション全般を経験。店長を目指していたが2007年に情報システム部へ異動。人事、会計、総務などコーポレート系のシステムを中心にPM・開発・運用を経験。2025年より現職。

    この記事を読むとわかること

    ・「昨日の売上すら見えない」状態から脱却へ。イオンが挑む“裏側からのDX”
    ・イオン発、「日本型サプライチェーンDX」の青写真とは
    ・“アプリを作って終わり”では変わらない——DXの本質は基幹にあり
    ・イオンのDNAとITの力で、変革の“見えない裏側”に挑む

    「昨日のイオングループ全体の売上はいくら?」日本を代表する小売大手の経営陣でも、この単純な質問に正確に答えられない。システムは縦割りで、商品分類もバラバラ。昭和40年代から続く在庫評価法が、今もなお現場を縛っている。だがこれは、イオンだけの問題ではない。日本の小売業界全体が抱える構造的な課題だ。

    こうした“見えない裏側”の複雑な絡み合いを1つひとつ解きほぐし、「現場改善」から業界全体の「構造再設計」へとつなげる、前例なきDXに挑んでいるのが、イオングループのIT戦略を担うイオンスマートテクノロジー(以下、AST)だ。彼らが目指すのは、単なるグローバルスタンダードの模倣でもなければ、旧態依然とした日本型モデルの踏襲でもない、第三の道「日本型サプライチェーンDX」の確立である。

    ASTでビジネストランスフォーメーションディビジョンを率いる茂木は、この壮大な挑戦のキーパーソンの1人。第1回となる本記事では、その挑戦の背景と思想、全体像に迫っていく。

    【目次】

    アプリや店舗の「表側」だけでは、本質は変わらない

    小売業のDXというと、多くの人がECサイトの強化やスマートフォンの公式アプリ開発、店舗におけるセルフレジの導入といった「表側」の施策を思い浮かべるだろう。もちろん、これら顧客接点のデジタル化は重要だ。しかし、茂木は、それだけでは本質的な変革にはつながらないと指摘する。茂木が強調するのは、フロントとバックエンド双方からのアプローチだ。

    重要なのは、それを支えるバックエンド、つまり基幹システムやサプライチェーン全体の仕組みをどう変えていくか。フロントとバック、どちらか一方だけではダメなんです。バックエンドが共通化され、整流化されることではじめて、フロントで展開される個別の事業特性に応じたさまざまな施策が、スピード感を持って多彩に実現できるようになる。これが、企業の発展性を促し、変化への対応スピードを上げていく原動力になるのです。(茂木)


    顧客体験の向上という「表側」の成果を持続的に生み出すためには、その土台となる「裏側」の仕組み、すなわち基幹システム、ひいてはリテールビジネス全体の構造から再設計する必要があるというわけだ。

    現場出身だから見えた、構造の限界

    ASTが「裏側」の改革に踏み込む背景には、長年イオン、そして日本の小売業界が抱えてきた構造的な課題がある。その1つが、冒頭で触れた「グループ全体の売上が即座に把握できない」という事実だ。

    イオングループには、M&Aを繰り返しながら成長してきた歴史がある。多様な企業文化を取り込んで発展してきた一方で、システムや業務プロセスの縦割り構造という副作用も生んでいた。

    茂木は1998年に入社後、10年にわたり店舗の最前線で働いた。住居余暇と呼ばれる日用品や生活用品、家電、食料・衣料品、文具、寝具などといった幅広い商品を担当。ときには自転車の整備や手芸用品の売場も任された。「編み物をしたいと来店されたお客さまには『では、これはこの毛糸でどうでしょう』といった提案までしていました」と振り返る。

    現場での日々は、縦割り化による弊害の連続だった。

    同じ商品の利益率を把握しようとしても、Aというシステムでは20%、Bというシステムでは25%といった具合に、算出結果が異なる。そこで『どっちが正しいんだ』という不毛な議論が繰り返されることもありました。

    また、レジの端末も企業ごとに異なれば、商品の分類基準もバラバラ。『乾電池』1つとっても、ある事業会社では家電部門の商品として扱われる一方、家電売場のない食品スーパーでは雑貨用品として分類される。

    データ分析しようにも、データ収集の段階から手作業が発生してしまいます。これでは、グループ全体の正確な売上をタイムリーに集計することなど到底できません。(茂木)

    さらに深刻なのは、小売業独特の会計処理である「売価還元法」の存在だ。これは、単品ごとの原価を把握するのではなく、部門全体の売価総額と原価総額から大まかな利益率を算出する方法で、単品管理が困難だった時代に生まれた小売独自の慣習だ。

    かつてはPOSデータを単品ごとにリアルタイムで分析する技術がなかったため、この方法には合理的な面もあった。しかし、部門ごとの大まかな利益管理では、個々の商品の売れ行きや廃棄といった実態が見えにくくなる。不正の根源になってしまうこともある。

    たとえば、飲料部門全体で利益が出ていたとしても、蓋を開けてみれば、特定の商品は爆売れしている一方で、別の商品は大量に廃棄されているかもしれません。全体で見ていると、そうした無駄が見えない。単品で正しい粗利管理をしていれば、利益を最大化できた可能性もあります。(茂木)

    テクノロジーが進化し、大量データを扱えるようになり、単品ごとの原価管理が技術的に可能になったこの10年から15年が、まさに過渡期だった。茂木によると、大本の仕組みは変わらないのに単品を扱おうとして、無理・無駄が出てきていたという。債権管理や仕入買掛、経費支払などの各種照合業務では、人手での作業がいまだに多く残されている。

    とはいえ、長年の慣習を変えるのは容易ではない。こうした日本の小売業が抱える課題は、グローバルスタンダードのERPパッケージを導入するだけでは解決しないと茂木はいう。そこには、日本特有の商慣習が深く関わっている。

    たとえば、生鮮品の扱いです。日本では、同じ小松菜でも生産農家品質や原価が異なり、JANコードも統一されていない場合が多い。しかし、店頭では同じ価格で販売されることが一般的です。これを単純にグローバルスタンダードに当てはめるのは難しい。

    また、業界統一の『チェーンストア統一伝票』という手書きの取引伝票も日本独特です。1枚の伝票が6行で構成され、6行単位で支払い処理などが行われます。100円×5個で500円という伝票を発行したら、そのうち1個だけ不良品があったとしても、いったん500円を支払って、後で100円分だけ返品処理をする必要があります。(茂木)



    さらに、リベート制度。一定期間の販売実績に応じて仕入れ価格が変動するため、期間終了後にならないと正確な原価が確定せず、リアルタイムな予実管理を難しくしています。(茂木)

    これらの課題は、イオン1社にとどまらず、日本の小売業全体が直面してきた構造的な問題といえる。

    改革の起点「ビジネストランスフォーメーションディビジョン」とは?

    こうした根深い課題にメスを入れ、小売業の構造そのものを変革すべく、ASTは2025年4月、茂木をディレクターとする「ビジネストランスフォーメーションディビジョン」を新設した。その名が示すとおり、業務改善のみならず、ビジネスそのものを変革することを目指す専門組織だ。

    イオンはもともと、部分最適で物事を変えていくのは得意でした。しかし、デジタル化がここまで進むと、やはり根幹の部分に目を向けなければならない。それは誰もがわかっていたけれど、影響が大きすぎるため、なかなか手を付けられなかった領域です。今回、あえて組織としてその役割を明確にし、可視化することで、本気で取り組む姿勢を示した形です。(茂木)

    同ディビジョンは11名でスタート。その8割が店舗経験者という構成が、この組織の特徴を物語っている。茂木を含め店舗経験者を多く集めたのは、意図的な戦略だ。

    『新しいことをやるなら既存のことを知らないほうがいい』という意見もあります。しかし、イオンのような巨大な組織を変革するには、『変えなければいけないこと』と『変えてはならないこと』を見極めるバランス感覚が不可欠です。

    一般論だけで進めてしまうと、イオンが培ってきた強みを消してしまうことにもなりかねません。現場を理解し、そのうえで新しいことを考えられる人材。そのバランスこそが、今のイオンの変革には重要だと考えています。(茂木)

    ビジネストランスフォーメーションディビジョンは3つの観点から改革を進めている。1つは、リアル店舗の業務を改善し、働きやすさを追求する「ストアデジタル」。会計だけでなく、人事や総務など、いまだに手作業や紙業務が多い領域の効率化を目指す「バックオフィスデジタル」。

    そして、これら2つのアプローチを支え、将来のリアルタイム経営につなげるための「基幹システムの抜本的見直し」。これらの取り組みにより、短期的な改善と中長期的な構造改革を両輪で進めていく考えだ。

    すでに動き出した変革の青写真

    ビジネストランスフォーメーションディビジョンが描く改革のロードマップは明確だ。2025年度、2027年度、そして2030年度という3つの段階に分けられている。

    経営の観点からは、グループ全体の数字をリアルタイムで見えるようにすることが目標です。2025年度中には、まずはリアルタイムでなくてもグループ全体の数字が見える状態を目指し、その後2年〜5年かけて、見える情報の範囲と詳細度を上げていきます。バックオフィス業務についても、2030年に向けてスタッフ業務や広報業務などをどれだけ削減できるか、具体的な目標値を設定し、取り組みを開始しています。(茂木)

    具体的な施策として、まず着手したのが「商品マスターの統合」と「顧客IDの統合」だ。茂木は、サプライヤーから顧客へと商品・サービスを繋ぐ小売業のバリューチェーンにおいて、商品の流れである「サプライチェーン」と、顧客情報や需要の変動である「デマンドチェーン」をいかに効率的に回していくかが価値向上の鍵だと語る。そして、この2つのチェーンをつなぐ共通用語となるのが「商品マスター」と「顧客ID」なのだという。

    グループ内でバラバラだった商品情報を標準化し、一元的に管理できる商品マスターを構築する。そして、お客さま1人ひとりを識別するための顧客IDをグループ横断で共通化する。これらが実現してはじめて、サプライヤーも含めたサプライチェーン全体で、同じ言葉で会話できるようになるのです。これが、小売業のDXにおける絶対的な前提条件だと考えています。(茂木)

    これらの基盤が整うことで、より高度な施策への道が開ける。たとえば、在庫管理の最適化や、発注業務の自動化だ。

    在庫は持てば持つほど管理コストがかさみ、経営を圧迫します。できる限り在庫を持たず、顧客のニーズがわかった都度、リアルタイムで発注し、仕入れる。これが理想です。そのために、需要予測の精度を極限まで高める必要があります。究極的には、顧客のニーズや購買動向が正確に予測できれば、人が介在して発注するという業務そのものが不要になるかもしれません。(茂木)

    需要予測の精度向上は、近年社会問題化している「物流の2024年問題」への対策にもつながる可能性がある。茂木は「需要予測が3日後、1週間後まで正確にできれば、物流もそれに合わせて計画的に準備できます。毎日配送する必要がなくなり、配送頻度を最適化できるかもしれない。これは、物流業界の負荷軽減にも貢献しうる」と説明する。

    日本ならではのサプライチェーンDXモデルへ

    イオンが目指すのは、グローバルスタンダードの良い部分を取り入れつつ、日本の強みを活かした独自のモデルだ。

    100%グローバルスタンダードに合わせてしまうと、極端な話、海外企業に買収されやすくなってしまうのではないか、という懸念があります。もちろん、それが主目的ではありませんが、日本の小売業には、独自の強みや文化があります。それを守り、活かすことも重要です。(茂木)

    茂木氏が構想するのは、グローバルスタンダードの良いところは取り入れつつも、日本の強みを融合させた「ジャパンモデル」とも呼べる新たなサプライチェーンDXの形だ。

    日本の生鮮品の鮮度管理や、多様な生産地から集まる商品を同じ規格で提供するノウハウは、世界に誇れるものです。こうした日本ならではの文化や強みを武器に、逆にグローバル市場で攻めていく。そのための足がかりとして、日本独自のサプライチェーンモデルを確立するのです。

    極端な例を言えば、グローバル企業のERPパッケージをベースにしながらも、イオンが日本の小売業に最適化された日本モデルを開発し、それをほかの日本の小売企業に提供していく、といった展開もあり得るかもしれません。そうなれば、日本の小売業界全体をイオングループがリードしていくような、大きな変革につながる可能性も秘めています。(茂木)

    イオンが変われば、日本の小売が変わる

    改革の対象はイオングループにとどまらない。その先に見据えるのは、日本の小売業界全体の構造改革だ。

    サプライチェーンの改革は、イオン1社だけでは完結しません。商品マスターの標準化1つとっても、JANコードを管理する一般財団法人流通システム開発センター(GS1 Japan)や、日本チェーンストア協会のような業界団体、さらには監督官庁である経済産業省など、さまざまなステークホルダーとの連携が不可欠です。

    もちろん、日々商品を供給してくださる取引先との協力関係も重要。需要予測の精度が上がれば、メーカーにとっても生産計画の最適化につながり、双方にメリットが生まれます。こうした業界全体を巻き込んだ大きなうねりを作り出していく必要があります。(茂木)

    その根底には、茂木氏が大切にするイオンの原点がある。

    イオンの創業者の1人である小嶋千鶴子さんの著書『あしあと』には、『小売業は平和産業である』という言葉があります。人々の生活を豊かにし、平和な社会の礎となる。この理念こそが、私たちが決して変えてはならないものだと考えています。一方で、変えなければならないことは、グローバルな視点や他業界の成功事例に学ぶことです。この『変えてはならないもの』と『変えるべきもの』のバランスを見極めながら、改革を進めていくことが肝要です。(茂木)

    「小売業は、国民生活に不可欠な社会インフラです」と茂木は語る。イオンが本気でサプライチェーンDXに取り組むことは、単に一企業の効率化を超え、日本の小売業全体の競争力強化、ひいては国民生活の質の向上にも貢献しうる壮大な挑戦といえるだろう。その道のりは決して平坦ではないが、現場とITの両方を知る茂木だからこそ描ける"見えない裏側"から始まる改革が、今、確かに動き始めている。


    イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。

    どんなことをしているのか気になる方は、お気軽にご連絡ください。カジュアル面談も実施しておりますので、まずはざっくばらんにお話しましょう!

    ※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

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