エンタープライズ企業におけるSREは「大きい、難しい、早い」からおもしろい

エンタープライズ企業におけるSREは「大きい、難しい、早い」からおもしろい

2024/10/23

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この記事に登場している人

山﨑 賢

Ken Yamazaki

イオン株式会社 CTO 兼 イオンスマートテクノロジー株式会社 取締役 CTO
新卒で大手SIerに入社。その後、Yahoo! JAPANへ転職し数々の新規サービスの立ち上げに携わる。リクルートに入社。大規模サービスの開発責任者を兼任。ゼネラルマネージャーとして組織マネジメントを実施。
その後、複数のベンチャー企業CTOを経て2023年より現職。イオングループ全体を統括するイオン株式会社のCTOとして従事。
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)理事。

    多くの企業でSRE(Site Reliability Engineering)の重要性が認識されつつある。Googleが提唱して以来、日本でも2015年ごろからIT企業を中心に導入が進んできたが、エンタープライズ企業におけるその実態は、多くのエンジニアにとって未知の領域だ。

    エンタープライズSREは、多様で複雑なレガシーシステムと最新技術が混在する環境に挑む。また、ビジネスインパクトの規模も桁違いとなる。今回、イオンCTO兼イオンスマートテクノロジー(AST)CTOの山﨑 賢に話を聞き、エンタープライズSREの世界がいかに「大きく」「難しく」、そして「成果が早い」かを探った。

    【目次】

    「大きい」:エンタープライズSREが向き合う巨大な環境

    エンタープライズSREの特徴の1つは、その規模の大きさだ。膨大なITインフラを基盤に、膨大なデータとユーザーを抱え、複雑に絡み合う無数の部門や子会社がその上に成り立つ。この巨大で複雑な生態系こそが、エンタープライズSREの舞台なのである。

    そして、この「大きさ」は単に技術的な規模だけを指しているわけではない。ビジネスインパクトも同様に大きいと言える。

    システムは動いているのが当たり前だと思われがちですが、経営者が『もしも』を考えたとき、エンタープライズSREの重要性に気づくはずです。たとえば、2年後に個人情報漏洩事故を起こしたら株価はどうなるのか、あるいはシステムがサーバーの障害で3日間使えなくなったらどうなるのか。こうした視点でSREを捉えると、その重要性は明確です。大きな病気を予防するために、人々は日々の食事や生活に気を配り、健康を維持します。SREへの投資も同様です。企業の生命線を守るための必要不可欠な投資といえます。(山﨑)

    では、イオンの場合について具体的に見ていこう。

    まず、ビジネスインパクトについて山﨑は「イオンはライフラインとしての役割も担っています。障害が発生したとき、直接的に人々の生活に影響を与えます。そのため、システムの信頼性がもたらすビジネスインパクトは計り知れません」と強調する。

    イオンにおけるSREの対象となるのは、広大かつ多様なITシステムだ。その規模と複雑さゆえに、技術面での課題は多様となる。イオンのITシステムは、決済、ポイント、会員基盤システムなど、小売業に必要な機能を網羅している。特に注目すべきは、POSシステムと基幹システム(ASP/B: Aeon Smart Platform for Business)の規模感と複雑性だ。

    イオングループの述べ会員数は1億人以上、店舗への年間来店客数は14億以上、グループ連結売上は9兆円以上と、イオングループが保持するデータは小売業者のなかでも最大規模となる。

    イオンは国内最大の小売企業として生活インフラとなっているからこそ、少しの改善が多大な成果を生み出せる環境

    これを支えるPOSシステムは、イオングループのシステム開発・運用を担うイオンアイビスが主導して開発した標準POSを使用しており、外部ベンダーの協力を得つつも、イオン独自のものとして作り上げている。

    また、ASTが海外拠点と連携して開発・運用を担当するASP/Bは、Azure上に中央集権的に配置されており、グループ内のさまざまなアプリケーションが連携している。

    たとえば、1000万ダウンロードを超えるアプリ「iAEON」も、クーポン配信や店舗情報をASP/BのAPI連携により取得している。電子レシートなども、ASP/Bに流れる決済データをもとに成り立っている。

    電子レシートやデータ分析に利用される決済データは、リアルタイム性が非常に重要となる。POSシステムからのデータは常に、ほぼリアルタイムでASP/Bに送信されているという。つまり、ASP/Bは膨大なデータのコラボレーションを実現する巨大かつリアルタイム性の高い基幹システムといえる。

    技術的な側面でも、その規模の大きさが際立つ。山﨑は「両システムともAzure Kubernetes Serviceを利用して、すべてのアプリケーションがコンテナ化されています。データ量が膨大なため、大規模なWebシステムの対応と同じく、MySQLデータベースに対して大規模なシャーディングとパーティショニングを実施し、複雑なデータ分割を行っています」と明かす。

    このような巨大なシステムは、運用コストも膨大だ。ASP/Bの運用には、膨大なインフラコストが投じられている。だからこそ、SREによる改善の価値も大きい。少し工夫するだけで、月間数百万程度のコスト削減効果が見込める場合もあるという。

    SREチームは日々、コスト最適化やサイジング、Podの自動拡張ポリシーの決定など、細かな調整を行っています。場合によっては、Microsoftと交渉して先進的な技術を導入し、さらなるコスト削減や性能向上を目指しています。(山﨑)

    「難しい」:組織変革と高い責任が求められるSRE

    エンタープライズSREには高い壁が立ちはだかる。その「難しさ」は多岐にわたる。

    1. 組織構造や文化の変革:長年にわたって形成された慣習や思考パターンによるDevOps推進の困難さ

    2. グループ全体のガバナンス:多様な部門や子会社にまたがる統制の難しさ

    3. ビジネスサイドとの連携:技術的指標とビジネス価値の橋渡し

    4. 巨大な責任:システム障害が及ぼす甚大な影響と心理的プレッシャー

    イオンの事例をもとに、それぞれの詳細について順に見ていこう。

    1. 組織や文化の変革


    最も大きな課題の1つが、組織構造や文化の変革だ。山﨑は、この難しさを次のように打ち明ける。

    DevOpsの推進が最大の課題です。従来の運用体制とSREの考え方に、まだ埋めるべきギャップがあります。たとえば、SREの役割や責任範囲について、組織全体で共通認識を持つことが求められています。(山﨑)

    山﨑は、SREとDevOpsの関係性についても言及する。

    本来、DevOpsの推進もSREの重要な役割の1つです。開発チーム自身が自分ごととしてインフラも扱える状態に持っていくこと。これは我々のマイルストーンのなかに含まれています。この目標に向けて、各チームの現状や課題を理解し、段階的にアプローチしていくことが重要だと考えています。(山﨑)

    この問題は、長年にわたって形成されてきた組織文化に深く根ざしている。多くのエンタープライズ企業では、システム運用を外部ベンダーに委託することが一般的だった。そのため、社内エンジニアはシステムに直接関与するよりも、ベンダーを管理する役割を担うことが多かった。

    この文化を変革し、エンジニアが自らシステムに責任を持つSRE的な考え方へ移行することは、想像以上に困難を伴う。山﨑は、この課題に対してイオンが取り組んでいるアプローチを紹介する。

    1つは"伝道師"としての取り組みです。SREの価値と重要性を組織全体に浸透させていく活動です。もう1つは、各領域に直接入り込んでコミットする取り組みです。実際の業務に関与することで、SREの実践的な価値を示していきます。現状ではまだ伝道師的な活動が中心となっていますが、徐々に後者の取り組みにも力を入れつつ、中長期的にはプラットフォームエンジニアリングの実践も必要になると見込んでいます。(山﨑)

    2.グループ全体のガバナンス

    組織変革の難しさは、グループ全体へのガバナンス拡大にも表れている。山﨑によると、イオングループでは、クラウドセンターオブエクセレンス(CCoE)の構想を進めているという。これにより、野良アカウントを管理するなどグループ全体のクラウド利用を最適化し、コスト削減とセキュリティ強化を図りたい考えだ。

    3. ビジネスサイドとの連携

    ビジネスサイドとの連携も、エンタープライズSREの重要な課題となる。山﨑は「サービスの信頼性はインフラエンジニアだけが担うものではありません。指標や目標を、ビジネスサイドと共に定めていく必要があります」と指摘する。

    イオンでは最近、SREチームが主導し、ビジネス部門のメンバーを招いて、SLI(Service Level Indicator)とSLO(Service Level Objective)の勉強会を開催したという。この取り組みの背景には、興味深いエピソードがある。

    あるサービスで障害が発生し、『SLA(Service Level Agreements)はどうなっているんだ』という議論が持ち上がったときのことです。SLA、SLI、SLOを定めるにはビジネスサイドとともに定める必要があることをSREチーム側から説明しました。しかし、いきなり実践するのは難しい。だから、まずは勉強会を開き、一緒に考えていく場を設けたという流れです。SREが積極的にビジネスサイドと協働しようとする姿勢は非常に心強いですね。(山﨑)

    4.巨大な責任

    エンタープライズSREの難しさを際立たせるのが、その責務の重大さにある。システム障害が発生すると、多くのユーザーや関係者に影響が出たり、多額の損失が出てしまったりする可能性がある。そして、この責任の重さは、時として萎縮効果をもたらすこともある。

    この課題に対し、イオンではチームで責任を取る体制を構築するなど、個人が萎縮せずに挑戦できる環境づくりに注力している。失敗を個人の責任にするのではなく、チームとして学び、改善していく文化を醸成することが大切という考えがその根底にある。

    先日、SREチームの作業が起因となる大きな障害が発生しました。すると、原因となった作業を担当したメンバーが、深い反省と謝罪のコメントをしていたんです。しかし、私はそういった個人的な謝罪は不要だと考えています。代わりに、チームとして振り返りを行い、全員が同じ責任を持つ仲間としての意識を持って、どのように再発を防止していくか検討してほしいと伝えました。(山﨑)

    「早い」:難しさを乗り越えた先にある迅速な成果

    エンタープライズSREの難しさを乗り越えた先には、「早さ」という魅力が待っている。この「早さ」は主に2つの側面で現れる。

    まず、人手による作業の自動化がもたらす即時的な効果だ。多くの大企業では、広大なITインフラゆえに人手による作業が多く残されており、それらを自動化することの影響は大きい。既存システムのリプレイスや新規アプリケーション開発に比べて、SRE活動の効果ははるかに早く現れる傾向にある。

    次に、大企業のネームバリューを活かした外部連携の迅速さがある。パートナー企業との協力体制を築きやすい環境が、成果の早期実現に貢献している。さらに、SREの領域では、New RelicやHashiCorp、Azureなど、ツールやプラットフォームの提供元と直接コラボレーションして事例の情報発信が発信しやすいという特徴がある。取り組みを外部に紹介できるまでのリードタイムも短く、結果として強い発信力にもつながっている。「SRE × 自社 × パートナー企業」というコラボレーションのしやすさは、エンタープライズ企業独自のメリットといえる。

    イオンでは、この「早さ」を実現するために具体的にどのような取り組みを行っているのだろうか。

    早さを実現した実例としては、監視ツールをNew Relicに統一したことが挙げられる。これにより障害調査の短期化に成功している。山﨑は、その効果について次のように明かす。

    実践的な観点から見て、特にメトリクスの取得とAPM(Application Performance Management)の導入は、非常に大きな効果がありました。現在では、もともとAzure上に存在していたログのほぼすべてをNew Relic側に転送し、障害分析に活用しています。また、APMをすべてのシステムに導入したことで、どのクエリに何秒かかっているかまで即時に把握できるようになりました。これにより、障害発生時の分析や日々の事前検知の精度が大幅に向上しています。(山﨑)

    外部連携の面では、大手企業としてのブランド力を活かし、ツールやプラットフォームの提供元との直接的なコラボレーションを実現している。

    HashiCorpと一緒にイベントを開催したり、New RelicやMicrosoftと共同で事例を発信したりなど、さまざまな実績があります。相手側からしても、イオンという大きなブランド力と自社のソリューションという掛け算が成り立つので、親和性が高いんです。これは意外なことでしたが、エンタープライズ企業ならではの特徴かもしれません。(山﨑)

    まとめ:エンタープライズSREのおもしろさ

    これらの「大きい、難しい、でも早い」という特徴が、エンタープライズSREの醍醐味を作り出している。山﨑は次のように締めくくった。

    イオンのSREでは、大量のデータ、コンピューターリソース、トラフィックを扱い、多様性のあるシステムや技術環境に触れることができます。SREとして経験できないことのほうが少ないといえるでしょう。そして、その経験はダイレクトに大きなインパクトにつながります。"心臓の強さ"は必要になりますが、それだけにやりがいも大きいです。(山﨑)

    エンタープライズSREは、伝統的な企業文化と最先端技術の融合点に立つ、革新の担い手だ。その役割は、単にシステムの信頼性を高めるだけでなく、組織全体のデジタル変革を推進する触媒となること。「大きさ」「難しさ」「早さ」という3つの特性は、エンジニアの可能性を無限に広げる舞台装置ともいえる。エンジニアにとっては、この上ないチャレンジの場となるはずだ。


    イオングループでは一緒に変革に挑んでくれる方を募集中です。

    どんなことをしているのか気になる方は、お気軽にご連絡ください。カジュアル面談も実施しておりますので、まずはざっくばらんにお話しましょう!

    イオンスマートテクノロジーで活躍するSREのインタビューもあります。こちらもぜひご覧ください!

    理想は「SREチームをなくすこと」、一人目SREとしてたどり着いた真理|イオン・エンジニアインタビュー

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    イオンの長い歴史と複雑なシステムに挑むSREチームがつくった「信頼」を勝ち取るための4つの行動指針|イオン・エンジニアインタビュー

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    ※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

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