「"犯人"はこの中にいる」——年間数億円のAzureコスト削減に向けてイオンが取り組んだ10のコト

「"犯人"はこの中にいる」——年間数億円のAzureコスト削減に向けてイオンが取り組んだ10のコト

2025/10/14

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この記事に登場している人

岩崎 隆至

Ryuji Iwazaki

イオンスマートテクノロジー株式会社 DevSecOpsディビジョン SREユニット SREチーム
プログラマー、インフラエンジニアを経て2018年イオンアイビスに入社。イオンスマートテクノロジーの立上げから参画し、SREチームとして活動しています。

    この記事を読むとわかること

    ・ローンチ直後にAzure請求額が倍々増となり「見えないコスト」と格闘したiAEON開発現場の実態
    ・経営層のプレッシャーと現場のジレンマの中で、AST SREチームが選んだ“最初の一手”
    ・予約購入・ログ最適化・ストレージ階層化など、年間数億円規模の削減につながった具体的な10の施策
    ・「どのシステムが、なぜ高いのか」を突き止める可視化の仕組みと、“犯人”を特定したプロセス
    ・技術的工夫とチームの知恵でクラウドコスト最適化を実現した、エンタープライズ級SREのリアルな挑戦

    月を追うごとに倍々に膨れ上がっていく請求額。急激なコスト増の裏にあったのは、イオングループのDXを象徴するスーパーアプリ「iAEON」のローンチプロジェクトだった。

    決済・ポイント・店舗情報を統合し、膨大な顧客接点をデジタル化するこの巨大プロジェクトにおいて、ローンチ直後にユーザーがアクセスできない事態だけは避けたい——。その一心で、来るべきトラフィックに備え潤沢に確保されたAzureのインフラ。

    しかしそれは同時に、天井知らずのコスト増という新たな課題を生んだ。2021年9月に無事ローンチを果たしたものの、iAEONは「どのシステムの、どの部分が、なぜ高いのかすらわからない」という深刻な"見えないコスト"との戦いに直面していた。

    こうした課題に立ち向かったのが、イオンスマートテクノロジー(以下、AST)SREチームの岩崎隆至だ。経営層からのプレッシャーと、目の前の開発を優先したい現場との狭間で、まず何から着手したのか。予約購入、ログ最適化、"水漏れによる水道代高騰"を防ぐアラート機能、そしてコスト増大の"犯人"を特定する可視化まで。岩崎へのインタビューから、技術と仕組み化で年間数億円のクラウドコスト削減を実現した道のりを追う。

    ▼関連イベント「Azure費用最適化のアプローチとイオンの成果|AEON TECH HUB #20」のアーカイブ動画はこちら

    「Azure費用最適化のアプローチとイオンの成果|AEON TECH HUB #20」のアーカイブ動画

    【目次】

    「なぜ高い?」「どこが高い?」 見えないコストとの戦いの始まり

    2021年2月のAzure利用開始からわずか数ヵ月、iAEONのローンチを控えたASTのインフラコストは、まさに爆発状態にあった。DBの負荷テストなども重なり、月々の請求額は数千万円単位で跳ね上がっていく。しかし、当時はサービスの構築と安定稼働が最優先。コスト削減に専任で向き合う余裕はなかった。

    毎月の支払いのために合計金額だけはチェックしていましたが、正直に言って、なぜこんなに上がっているのか、その詳細な理由までは追えていませんでした。もちろん事業計画に伴って増えている部分もありますし、構築中はコスト削減まで手が回らず、リリース時の障害を避けるためにはリソースが過剰だとわかっていてもそのまま進めるしかなかったのです。経営層からは『どのシステムが高いのか』『なぜ増えたのか?』と問われますが、答えられない状況でした。(岩崎)

    サブスクリプション数は43、システム数は9つ。広大なAzure環境のなかで、コスト削減に向けた岩崎の手探りの戦いが始まった。

    【フェーズ1】手っ取り早く効果を出す"止血"施策(1〜5)

    はじめに岩崎が頼りにしたのは、AzureのAdvisor機能だった。同機能では、Azureのリソースを最適化するための推奨事項を自動で提示してくれる。これを参考に、大きな効果が期待でき、なおかつすぐに実践できる対策として岩崎はまず以下の1〜5に取り組んだ。

    1. 予約購入で割引適用:即効性が高く、大きな効果が見込める削減手段

    クラウドコスト削減の最も強力な手段の1つが、サーバーなどのリソースを1年や3年といった長期で利用契約する「予約購入」だ。予約購入では、リソースの利用料金が割引され、従量課金制の料金と比較して大幅なコスト削減が期待できる。岩崎もこの即効性の高い手段に踏み切ったが、そこには大きなプレッシャーがあったという。

    『早くコストを下げてほしい』というトップダウンの要請と『サービス停止は絶対に避けたい』という現場の使命。こうしたジレンマがありました。本来はサーバーのスペックなどを最適化してから予約購入するのがセオリーですが、ローンチ直後でアクセス数が読めないため、リソースを削るわけにはいきません。

    結局、そのままのサイズで3年契約の予約購入を決断しました。数千万円という規模の購入ボタンを押すときは、『このシステム、本当に3年もつよな……?』と、本当にドキドキしましたね。(岩崎)

    この大きな決断が、後の年間数億円規模削減の柱となる。理想と現実の狭間で、最善の選択を模索した結果だった。

    2. ログ基盤を整備:New Relicへの移行でコスト削減&利便性向上

    サービスの成長に伴い、ログの量も爆発的に増加していた。当初1日100GB程度だったログ量は、最終的に1日1TBまで膨れ上がった。Azure内でログを保存・検索する仕組みを使っていたが、予約購入による割引を適用しても追いつかない状況となった。

    そこで実施したのが、もともと監視ツールとして全社で利用していたNew Relicにログを転送するという対策だ。

    調査したところ、New Relicのほうがログの単価が安かった。さらに、開発者やSREチームが普段から使い慣れているツールにログ検索機能を集約できれば、利便性も向上します。(岩崎)

    コスト削減と開発者体験の向上を両立させた、一石二鳥の施策となった。

    3. ストレージアカウントを最適化:チームメンバーが発見した「クールアクセス層」という選択肢

    Azureのストレージには、アクセス頻度に応じてホット・クール・コールドといった階層がある。あるとき、SREチームのメンバーが「このデータはそこまで頻繁にアクセスしないので、安価なクールアクセス層に移動できるのでは?」と提案した。

    頻繁にアクセスする必要のないデータがホットアクセス層に入っていました。レスポンスは少し遅くなりますが、コストを考えるとクールアクセス層で十分」という調査と実装までをチームメンバーが実施してくれました。(岩崎)

    この対応により、月数百万円単位での削減効果を実現。岩崎は「予約購入ばかりに目が行っていて、こういう対応策もあることに気づけませんでした。発見してくれたチームメンバーには本当に感謝しています」と振り返る。

    4. システム環境の整理:不要な出力ログの停止

    ある程度の止血が完了すると、次はより根本的な支出の見直しに着手。「そもそも、それは本当に必要か?」という視点から、アプリの不要な出力ログを停止した。

    構築当初は『とりあえず全部保存しておこう』という方針で、本番運用では必ずしも必要ではないINFOレベルのログまで大量に出力していました。これをERRORやWARNINGに絞るなど、必要なものだけを保存するように見直しました。(岩崎)

    5. 検証環境の停止運用:小さくも確実な積み重ね

    仮想マシン(VM)は時間単位で課金されるため、使わない時間帯のリソースを停止することでコスト削減が可能だ。本番環境とは異なり、検証環境は24時間365日稼働させる必要はない。そこで、開発チームと連携し、夜間や休日にはリソースを停止する運用を開始した。

    もちろん、開発チームからは夜間や土日に使いたいという要望も出てきます。そこは『いつでも柔軟に対応します』と伝えることで、同意を得ることができました。この施策による削減額は他と比べて限定的でしたが、やれることを着実に積み重ねていく意識が重要だと考えています。(岩崎)

    【フェーズ2】"水漏れ"を防ぐ仕組みづくり(6〜8)

    コストは、気づかぬうちにじわじわと増えていく。岩崎はその様子を水道代に例えつつ、「請求書が来て初めて『今月こんなに高いの!?』と気づく。知らないところで常に水漏れしているような状態でした」と説明する。この"水漏れ"を放置しないため、変化の瞬間に気づける仕組みづくりへと舵を切った。

    6. コストを可視化:システム別カスタムビューの構築

    開発チームにもコストを意識してもらううえで、最初の障壁は管理画面の複雑さだった。Azureのコスト分析画面は、サブスク名の命名規則を知らないと、どのサブスクが自分の担当するシステムなのかがわかりづらい。岩崎は「SREチームはわかっても、上層部や開発チームには浸透していませんでした」と説明する。

    そこで、システムごとにわかりやすい名前を付けたカスタムビューを作成し、サービス名でグループ化することでDB・VM単位での表示も可能にした。これにより、誰でも直感的にコスト状況を把握できるようになった。

    しかしながら、開発チーム側の反応は薄かったという。各システム担当者にレクチャーを行い、Slackで毎週「見てね」と通知していたが、浸透しない難しさがありました。

    7. 異常検知アラートの構築:Slack通知から始まるコスト調査

    こうした反応を受け、岩崎はより自動化された仕組みの構築に取り組んだ。その核心が、コストの異常な増減を自動検知し通知する「コスト異常検知アラート」だ。

    毎日チェックするのは大変ですし、コスト変化がないときにチェックしても時間の無駄になります。そこで、Azureのコスト異常検出機能を活用して、コストの変化があったときのみチェックできるようにしました。(岩崎)

    現在は各システム・環境ごとに10〜20個のアラートルールを設定。メールではなくSlackに通知されるよう、専用チャンネルを作成して運用している。

    ただし、このアラートはコストが変動したことは教えてくれるが、どのリソースが原因なのか、その詳細までは教えてくれない。ここからが「"犯人"探し」の始まりだ。

    アラートを起点にコスト分析画面を開き、まずはリソースグループと日付で絞り込む。次にサービス名で内訳を表示させ、グラフが突出している箇所を特定する。最後は個別のリソース名までドリルダウンして、原因を突き止めます。この地道なプロセスを繰り返すことで、日々の"水漏れ"を早期に発見し、対処できるのです。一時的にスペックを上げて下げ忘れているケースなど、無駄なコストを早期発見できるようになりました。(岩崎)

    参考:
    Azureコストは水道代に似ている
    Azure異常コストアラート:犯人はResource groupの中にいる!

    8. 無駄を防ぐ:予算アラート&予約使用率監視

    健全な利用であっても予算超過はなるべく避けたい。そこで、システムごとの月次予算に対し、進捗70%の時点でアラートを出す仕組みを導入した。

    70%というと、だいたい月の20日過ぎ。月末まで1週間ほどの猶予があるので、もし超過しそうな場合でも、何かしらの対策を打つ時間を確保できます。
    また、予約購入したリソースが90%以下しか使われていない場合にもアラートが鳴るようにしました。『買ったのに使っていない』という一番の無駄を防ぐためです。(岩崎)

    【フェーズ3】仲間を巻き込み、文化を醸成する(9〜10)

    優れた仕組みも、使われなければ意味がない。岩崎の次なる挑戦は、これらの仕組みを組織に展開し、コスト意識という文化を根付かせることだった。

    9. チームで気づく仕組みづくり:週次コストモニタリング会議

    「"犯人"探し」のノウハウが岩崎1人に偏らないよう、SREチーム内では毎週30分の「コストモニタリング会」を設けている。

    各プロダクトの担当者を決め、その週に発生したコストアラートを全員で確認します。当初は私1人が担っていたこの作業をチームの定例会に組み込むことで、属人化していたノウハウはチーム全体のスキルになりました。(岩崎)

    10. 実績の可視化と社内発信:評価される風土

    成果を上げても、その活動が評価されなければ継続は難しい。ASTでは、こうしたコスト削減の取り組みがきちんと評価にもつながっているという。同チームの林如弥からも称賛の声が上がっている。

    私がSREチームへジョインして驚いたことのひとつに、岩崎さんのコスト削減の取り組みがありました。すでに数億円単位で成果を上げている状態でしたが、それに満足せずに次の一手を模索し、そのマインドをSREチーム内に実践とともに伝え続けてくれました。

    私たちSREチームは横断的に幅広くシステムに関わるため、チームとしてコスト感覚を持ち続けることは非常に有用ですし、おかげで実際に私もいくつかのコスト削減案を提示することができました。「岩崎さんに続くぞ!」「岩崎さんが言うなら...」と周囲を動かしてしまう素晴らしい影響力に感謝と敬意を持っています。さらにやっていきましょう!(林)

    岩崎自身も「『Azureコストといえば岩崎』という連想が信頼が社内で得られているように感じます」と話す。また、外部のイベントに登壇したり、記事を執筆したりすることで、自分の知見を社内外に共有することも意識しているという。

    次なる目標は「日々の気づき」の仕組み化

    これらの地道な取り組みの結果、イオンでは年間約数億円ものAzureコスト削減を実現した。その内訳の多くは予約購入によるものだが、日々の無駄をなくす仕組みと文化がなければ、この成果は成し得なかっただろう。

    正直、ずっと手探りでした。教科書があるわけではないので、試行錯誤の連続です。SREチーム内にはコスト意識が浸透しましたが、今後は開発チーム全体にどう広げていくかが課題ですね。現在は、日々のコストを開発チームのSlackやTeamsに自動通知する仕組みを準備したり、Advisorのコストアラート機能の活用を検討したりしています。もっとコストを身近に感じてもらうことで、組織全体の意識を変えていきたいです。(岩崎)

    SREは、インフラの信頼性を守ることはもちろん、技術を武器に経営課題を解決し、組織を動かすハブとなりうる。岩崎の奮闘は、その可能性を力強く証明している。


    岩崎が登壇した「Azure費用最適化のアプローチとイオンの成果|AEON TECH HUB #20」のアーカイブ動画もぜひご覧ください。

    「Azure費用最適化のアプローチとイオンの成果|AEON TECH HUB #20」のアーカイブ動画

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