イオンCTO山﨑賢×一休CTO伊藤直也が語る#2 CTOの原点と、型のない役割のつくり方

イオンCTO山﨑賢×一休CTO伊藤直也が語る#2 CTOの原点と、型のない役割のつくり方

2025/12/16

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AEON TECH HUB 初の動画対談企画をご紹介します。第1弾として公開された「現在編」では、イオン株式会社CTO 山﨑賢さんと、株式会社一休CTO 伊藤直也さんが、大企業とスタートアップという異なる環境から、組織を前進させるエンジニアリングのあり方を語り合いました。

今回の「過去編」では、お二人がどのような道を歩み、なぜ“作り続ける”という選択をしてきたのかに迫ります。インターネット黎明期を知る二人が、どのようにエンジニアリングと出会い、組織や社会の中で自分の役割を見出してきたのか。キャリアの岐路で下した決断や、その裏にあった信念を紐ときながら、CTOの原点を探っていきます。

司会・書き手:川田浩史
2011年にソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。約7年間にわたりBtoCのアプリケーション開発に携わった後、スタートアップの立ち上げメンバーとして参画。VP of Engineeringとしてマネジメントや開発組織づくりを約7年間経験し、2024年に独立・起業。現在は、開発組織の支援や動画撮影・編集など、テクノロジーとクリエイティブの両面から企業をサポートしている。

【シリーズの見取り図】

※本記事には対談動画の要点を再編集して掲載しています。全編は以下の動画からご覧ください。

【目次】

原点はMSX:遊ぶより、作る方が面白い

川田まずは、お二人のプログラミングとの出会いについて伺わせてください。

どんなきっかけでコンピュータに触れ、どのようにその面白さを知っていったのでしょうか。

山﨑僕がプログラミングに出会ったのは、中学3年か高校生の頃です。家庭が厳しくて、ゲーム機を買ってもらえなかったんですよ。だからみんながファミコンで遊んでいる時代に、僕はゲームをする環境がなかったんです。ようやくお年玉をためて何かを買えるようになった時、「今さらファミコンを買っても面白くないな」と思って、MSX(※)を買いました。

※MSX:1983年にマイクロソフトとアスキーが提唱した8ビット/16ビットパソコンの共通規格。複数のメーカーがMSX規格に準拠したパソコンを発売したことで、同じソフトが複数の機種で遊べるように設計されたのが特徴。当時、パソコンとゲーム機の垣根を越えたホビーパソコンとして普及した。

伊藤実は僕もMSXなんです。初めて触ったのは、幼稚園に入る前でした(笑)。

親から「この本に載っている通りに打ち込むと動くよ」と教えられて、本のソースコードを1文字ずつ入力していました。打ち間違えるとエラーが出て、どこを間違えたのかを上から順に探して修正する。それを何度も繰り返していました。

そうしているうちに、「ここを変えると色が変わる」「この部分をいじると動きが変わる」 と分かってきて、自然と仕組みが理解できるようになってましたね。

チャレンジしつづける:環境を変え、自分を更新し続けるキャリア

川田山﨑さんのこれまでのキャリアについて伺えますか。イオンでCTOを担っている方は、これまでにどのような道のりを歩んで来られたの、気になります。

山﨑最初はSIerで、客先常駐の開発をしていました。

ただ、言われたものを作るだけではなく、自分で決めて作りたいと思うようになって、二社目は事業会社であるヤフー株式会社(現:LINEヤフー株式会社)に入りました。

当時はYahoo!オークションが最盛期で、エンジニアとしてサービス開発に携わり、その後、企画やマネジメントの上流に関わりたいと考えてリクルートに行きました。エンジニア組織を束ねる立場になり、いつの間にか自分でコードを書くことがなくなっていったんです。

このままでは良くないと思い、年収も大きく下げて、ゼロからやり直そうと、キャリアを一度リセット。アソビューとトラストバンクでCTOを務めました。

再び現場でプロダクトを動かしながらチームづくりを経験し、そのタイミングでイオンから声をかけてもらい、今に至ります。

伊藤普通に考えると、そこからイオンに行くのはすごいことだと思うんです。規模も大きいし、いきなりCTOという立場で入るのは、怖くなかったですか?

山﨑全然ならなかったですね。

リクルートを辞めたときに、もう一度大企業でチャレンジすると決めてたんです。

一度キャリアを捨てて腕を磨き直し、再び大きな組織に挑戦するというキャリアの延長線上にイオンがありました。最初からイオンに行こうとは思っていませんでしたが、声をかけてもらったときに「これがそのタイミングだな」と感じました。

原始的な環境のほうが伸びしろがあるし、挑戦してみたいと思ったんですよね。

ラストマン:ベンチャーCTOが背負う責任と自由

川田伊藤さんが、CTOという役割をどのようにして担うようになったのかも伺わせてください。

伊藤僕が最初に入った会社はnifty(ニフティ株式会社)というISPでした。

その後、もう少し小さな会社で自分の力を試したいと思ってベンチャーに行こうと決め、入ったのが「はてな」です。当時はまだ十人にも満たない規模で、エンジニアは4人ほどでした。半年ほど経った頃に、社長から「CTOにならないか」と言われました。

当時はまだ「CTO」という肩書きが一般的ではなく正直、何をすればいいのか分かっていませんでした。同じ業界にも先輩がいなかったので、誰にも聞けなかったんです。だから、自分で手探りでやるしかありませんでしたね。

会社が成長するにつれていろんな問題が起きて、誰も手をつけられないような課題が最後に残る。それがテクノロジーやエンジニアリングに関することだったら、最終的には自分がやるしかない。

それが、CTOの仕事だと徐々に分かっていきました。

山﨑すごく分かります。ベンチャーのCTOって、本当に“ラストマン”なんですよね。

大きな会社ではそれぞれの機能がサポートしてくれますが、小さな会社では、自分がやらなければ誰もやる人がいない。その仕事ができるかどうか分からなくても、逃げずに向き合うしかない。

でも、その覚悟を持ってやっていると、自然と人がついてきます。僕もベンチャー時代は、障害対応や採用、開発体制の整備まで全部やっていました。

最終的には、突然エンジニアが辞めたときにその人のパソコンを受け取って、どこまで開発していたのかを解析して続きを自分で書くということもありました。

伊藤一方で、良いこともたくさんあるんですよね。

責任は全部自分に返ってきますが、その反面、自由もある。 どういうやり方でプロダクトを作るかも、すべて自分たちで決められます。当時は珍しかったんですが、サーバーを自作することもありました。常識的ではなかったかもしれませんが、それも自分たちの判断で進められました。 ベンチャーならではの面白さですよね。

型のない役割:CTOという仕事のつくり方

川田日本ではまだCTOという役割が一般的ではなかった時代に、どのようにご自身の仕事を定義していたのでしょうか。

伊藤会社が成長していく中で、いろんな問題が起きます。

誰も解決できないまま残る課題のうち、技術やエンジニアリングに関わるものは全部自分のところに来るんです。それを解決していくうちに、「これが自分の仕事なんだな」と分かっていった感じですね。

なので、最初から“こうあるべき”というモデルがあったわけじゃなくて、現実に起きる問題に対応し続けるうちに、結果的にCTOという役割が形になっていったんだと思います。

山﨑CTOという枠組みは非常にファジーで、人や会社によってまるで動き方が違うと思います。

テクノロジーの専門家であることは間違いないんですが、最終的には“Officer”の一人として、事業を成長させることにコミットする立場だと思っています。

会社によって状況も規模もまったく違うので、CTOという肩書きが同じでも、求められる役割は変わります。やっている事業や直面している課題によって、自分のチューニングの仕方を変えていく必要があるんですよね。だからCTOという仕事には、明確な型がないんです。

その会社のフェーズやチームの状況に合わせて、自分自身を変化させていくことが一番大事だと思っています。

伊藤確かに、同じ会社の中でも時期によってやることが全然違いますね。

僕も一休に来てから10年経ちますが、最初の頃と今ではまったく役割が変わりました。

状況に合わせて役割を変えていくのが、この仕事の特徴だと思います。

現場の課題に触れるチーム:試行錯誤から本質をつかむエンジニアリング

川田エンジニアが良いプロダクトを生み出すためには、どのような姿勢で開発に向き合うべきなのか、お二人の「理想のチーム」について伺わせてください。

伊藤言われて作っているだけでは、絶対に良いプロダクトはできないと思っています。

プログラミングって、やってみることで初めて分かることが多いんですよ。作りながら理解し、動かしてみて「違うな」と思ったら修正していく。そうやって試行錯誤を繰り返す中で、本当に良いものが見えてくる。

だから、作る人が「何を作るのか」を理解している必要がある。それが分からないまま、仕様書だけを頼りに作っても、良いものにはならないんです。

一番理想的なのは、エンジニアが顧客の課題を自分ゴトとして理解し、「どうすればもっと良くなるか」を考えながら手を動かしている状態。そこにチームとしての強さが生まれると思っています。

山﨑僕もまったく同じ考えです。

よくある「椅子の絵」の図がありますよね。顧客の要望と、営業や設計を通していくうちに、最終的にできあがるものがまったく違ってしまうという例です。あれこそが課題で、結局は伝言ゲームになっているんです。

要求仕様書や設計書といったドキュメントはすべて中間成果物でしかない。本当は、エンジニアが顧客の課題に直接アプローチするのが理想なんです。顧客の課題とエンジニアが“対”になっている状態。そこにいちばん密着度があり、良いものが生まれると思っています。

伊藤まさにそうですね。仕様を人に任せきりにせず、自分でも考える。それだけでプロダクトの質は大きく変わると思います。作る側が「お客さんのことを理解する」ことが出発点なんです。

そこから自分の言葉で課題を捉え直して、手を動かす。その積み重ねが、エンジニアとしての成長にもつながっていくと思います。

山﨑これからは特にそうなっていくでしょうね。

AIもどんどん進化して、現場を知らないエンジニアは淘汰される時代になると思います。

技術を社会につなげていく視点を持てるかどうか。その感覚が、これからのエンジニアには求められると思います。

おわりに

今回は、お二人のこれまでのキャリアや仕事観についてお話を伺いました。

お二人ともがMSXからプログラミングを始めていたという意外な共通点には驚きました。

そこから歩んできた道はまったく異なりますが、最終的にCTOとしての価値観で重なる部分が多いことに心打たれました。

大企業での変革を担う山﨑さん、メガベンチャーでプロダクトづくりを続ける伊藤さん。

立場は違っても、どちらもCTOという“最後の砦”として、状況に応じて自分の役割を変え、現場の課題を直接取りに行く姿勢を貫いていました。そうした考え方が広がれば、開発組織やプロダクトはもっと良くなっていく。そう感じさせてくれる時間でした。

印象的だったのは、お二人が「遠い将来のゴール」ではなく、近い未来のマイルストーンを描きながら動いているという点です。また、「新しい技術を身につけたい」というよりも、“顧客の課題を解決するために技術を使う”という姿勢を徹底されていました。

だからこそ、状況に応じて柔軟に動き、結果として技術力が高まっていくという好循環が生まれているのだと思います。

(司会・書き手:川田浩史)

未来編では、AIをどのように捉えるべきか、そしてこれから訪れる可能性のある未来について伺います。ぜひあわせてご覧ください。

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※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

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