
この記事に登場している人
伊藤 直也
Naoya Ito
株式会社一休 執行役員 CTO システム本部長
青山学院大学大学院、物理学の博士課程前期修了後、新卒でニフティ株式会社に入社。ブログサービス「ココログ」を立ち上げる。2004年、株式会社はてなに入社してCTOに就任。「はてなブックマーク」などの開発を主導する。2010年からはグリー株式会社でソーシャルメディア統括部長を務める。フリーランスとなり、技術顧問を務めていた株式会社一休に2016年4月入社。執行役員CTOに就任し、現職。
山﨑 賢
Ken Yamazaki
イオン株式会社 CTO 兼 イオンスマートテクノロジー株式会社 取締役 CTO
新卒で大手SIerに入社。その後、Yahoo! JAPANへ転職し数々の新規サービスの立ち上げに携わる。リクルートに入社。大規模サービスの開発責任者を兼任。ゼネラルマネージャーとして組織マネジメントを実施。
その後、複数のベンチャー企業CTOを経て2023年より現職。イオングループ全体を統括するイオン株式会社のCTOとして従事。
一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)理事。
AEON TECH HUB 初の動画対談企画をご紹介します。本対談シリーズも、いよいよ最終回。イオン株式会社CTOの山﨑賢さんと、株式会社一休CTOの伊藤直也さんが、今回は未来について語ります。
ChatGPTをはじめとする生成AIが普及し、「AIが人の仕事を置き換えるのではないか」という議論が活発になる一方で、お二人はどういった視点をお持ちなのでしょうか。本記事では、AIがもたらす変化を前向きに受け止めながら、これからのエンジニア・組織・プロダクトがどう在るべきかを探ります。
司会・書き手:川田浩史
2011年にソフトウェアエンジニアとしてキャリアをスタート。約7年間にわたりBtoCのアプリケーション開発に携わった後、スタートアップの立ち上げメンバーとして参画。VP of Engineeringとしてマネジメントや開発組織づくりを約7年間経験し、2024年に独立・起業。現在は、開発組織の支援や動画撮影・編集など、テクノロジーとクリエイティブの両面から企業をサポートしている。
【シリーズの見取り図】
未来編 「AI時代に本当に大事なこと」──選ばれるデータ側へ(本記事)
※本記事には対談動画の要点を再編集して掲載しています。全編は以下の動画からご覧ください。
【目次】
AIの現実:話題の割に、生産性は上がっていない
川田AIがソフトウェア開発に浸透しつつある中で、「AIによってエンジニアの生産性が大幅に上がる」と言われることが増えました。開発生産性への影響をどう見ていますか。
伊藤世の中的には、AIがエンジニアリングそのものを代替するという話題が注目を集めていますが、現時点の組織レベルでは、インパクトはそこまで大きくないと思っています。個々の作業は少しは楽になっていると思いますが、「AIを使えば1か月かかる開発が3日で終わる」というようなことは起きていないと思います。
もちろん、AIが得意な領域はあるんですが、今の段階では限定的です。AIを使って、1週間かかっていた仕事が3日で終わったとします。でも、残りの4日間で人は追加の仕事をするかというと、しないですよね(笑)。3日で終わったら、残りは休もうと思うだけです。
だから「生産性が上がった」と言っても、それをどう定義するかによって意味が変わってくると思っています。

山﨑AIが出したアウトプットって、見た目は完成しているようでも、中身が伴っていないケースは多くて、そこを正しく整えるには、まだ人の解釈や判断が欠かせません。
そういう意味でも、AIの活用によって大幅に生産性が上がるということは、現実的にはまだ起きていないと思いますね。
AIを目的化しない:手段として使いこなせるか
川田世間ではAIに対して熱烈にフォローしている人もいれば、冷静に様子を見ている人もいます。お二人はどのように捉えているのでしょうか。
山﨑最近の生成AIの話を聞いていると、「AIを使っていますか?」という会話が多いですよね。
でも、AIは目的ではなく、ビジネスを進めるための単なる一要素だと思っています。
今は「AIを導入しているかどうか」を競うような風潮がありますが、それ自体が目的化してしまっているのは本末転倒。例えるなら「化学調味料を使うこと」をゴールにしているようなものです。本来は「美味しいカレーを作る」ことが目的なのに、「化学調味料を入れること」が目的になってしまっているような状態です。
AIを手段として捉えて使えるかどうかという分岐は大きいと思うんですけど、その一つだけを取って「これみんな使おうぜ」と言っているのは、やっぱりだいぶおかしいと思うんですよね。
伊藤確かにそうですよね。 AIの活用って、領域によってだいぶ違うと思うんです。
例えば自分の手元で使う小さなツールなら、AIに書かせて一瞬で終わるようなものもある。 営業の人が簡単に使うためのツールを1日で作れたり。そういう限定的な分野では確かに成果が出ています。でも、世の中で言われているような、「全部のシステムがAIで作れるようになる」という話は、まだまだ遠いと思います。
データが未来を決める:AIに選ばれるプロダクトになる
川田AIツールの進化が進むいま、本当に差がつくのはどこだとお考えでしょうか。
AI時代において、プロダクトをより良く進化させていくために、私たちは何に力を入れるべきなのか、お二人のご意見を伺わせてください。
山﨑AIツールをどう使うかという話はもちろん大事なんですけど、本質的に守らなければいけないのは“データ”の部分なんですよね。AIを活かすも殺すも、結局はどんなデータを持っているかで決まります。
イオンにいる僕の立場からすると、「エンタープライズの時代がやっと来たな」と感じています。なぜかというと、みんなが使うような一般的なデータはこれからどんどんコモディティ化していくからです。そして、データはどこが一番持っているかというと、やっぱり歴史のあるイオンのような大企業なんですよね。

イオンのように長い歴史があって、数百社・数百店舗の購買データや行動データを持つ企業が、そのデータを整えてAIに使わせたときに導き出される解と、後発のベンチャー企業が同じことをやったときの解には、重みも精度も全く違う。だからこそ、データをAIに“選ばれる形”に整備できるかが、これからの企業の競争力になると思っています。
伊藤それはすごく分かりますね。僕のいる飲食領域でも、当日のデータをどう扱うかがすごく重要になっています。
たとえば、レストランって当日予約ができないことが多いじゃないですか。あれは単に「空席がない」わけじゃなくて、当日になるとお店のオペレーションが始まってしまって、パソコンに向かう時間が取れないからなんです。
もしその現場のデータをリアルタイムに吸い上げられれば、「今どの席が空いているか」が即座に分かる。そうすれば、AIがユーザーのリクエストに応えて「この時間に空いているお店はこちらです」と返せるようになる。でも、現実にはそうなっていない。AIの表層的な技術よりも、裏側で正しいデータを集め、更新し続ける仕組みの方がずっと大変で、価値があるんです。
山﨑どんなにAIが進化しても、その裏にあるデータが1日遅れていたらもう終わりなんです。
たとえば、人が「今日の夕飯にトマトが3個必要」と言ったときに、パーソナルエージェントがそのリクエストに応えて何かを提案したり、手配してくれる世の中になったとするじゃないですか。
そのとき、その指示に応えられるかどうかは、在庫と配送データがリアルタイムで管理されているかにかかっているんですよね。AIが使うデータの鮮度が高ければ高いほど、そのAIに選ばれる可能性が高くなります。だから今は、表層的な自動生成ツールの話ではなく、AIに使われやすいデータの土台を整えるフェーズだと思っています。
妄想する力:未来を描くための思考法
川田ツールは次々と進化し、環境も変わっていく中で、個々のエンジニアがどう成長し、どんな視点を持てばいいのか。そのヒントをぜひお聞かせください。
伊藤いきなり今みたいなCTOレイヤーの話をされても、現場のエンジニアからしたら難しいですよね。でも、やること自体はすごくシンプルで、まずは現場の課題をちゃんと知ることだと思うんです。
例えば、さっき話したレストランの例もそうですよね。日々レストランの人たちの業務に向き合っていれば、自然と理解できるようになる。「なんで当日予約ができないんだっけ?」って考えてみると、うちのチームのエンジニアなら、多分みんな同じことを言えると思います。
つまり、現場をちゃんと見ている人は、同じ目線で課題を語れるんですよね。そこがまずは一番のスタートだと思います。

山﨑そうですね。 僕もリクルート時代にホットペッパービューティーを担当していた頃、まさに同じような経験をしました。企画のメンバーがいろんな美容院を回って、それぞれの独自の台帳を全部もらってきて、どう管理しているのかを調べて型化し、それをもとにシステムを作り上げたんです。現場に向き合って本質的な課題を見つけていくという点で、伊藤さんの話は本当に同じだと思いました。
そして、もう一歩進むと大事なのが“妄想力”です。 たとえば生成AIで自動コーディングができるようになった現実の先に、どんな変化が起こるかを考える力。 それは決して特別な発想ではなく、目の前の出来事を出発点にして未来を柔軟に想像する力だと思います。
川田その妄想力って、どうやったら鍛えられるんでしょうか。
伊藤テクノロジーに関わっていれば、自然とそういう想像はしていると思うんですよね。
新しい技術が出てきたら、「これを使って何ができるんだろう」とか、「この技術を使う人はどういうことをしたいんだろう」と考える。それを少し先まで想像して、「この技術が世の中をどう変えるか」を推論していく。それは多分、エンジニアならみんなやっていることだと思います。
そういう思考を意識的に続けていくと、変化の兆しを捉える力が自然と鍛えられるんじゃないかと思います。
山﨑まさにそうですね。テクノロジーが進化していくとき、「それをやりたいと言っている人たちが、なぜそれをやりたいのか」まで考えると、その先の未来が少し見えてくる。
たとえば、Googleが最近発表した新しい検索のデモでは、リンクを出すだけでなく、「あなたにはこの商品が合いそうです」と提案するようになっていた。
あれは、Google自身が“検索の先にある体験”まで取り込みたいという意思の表れだと思います。
エンジニアへのメッセージ:変化を恐れず、日常を疑え
川田時代が大きく変わろうとする中、エンジニアに求められる役割も大きく変わりつつあります。最後に、エンジニアへのメッセージをいただけますか。
山﨑エンジニアとして自分が今働いている領域の中で、自分の可能性を信じて、転職するもよし、今の会社で頑張るも良いと思います。ただ、今やっている日常の作業を疑って、自分が変わるためにどうすればいいかという思考を持ち続けるエンジニアになってもらえたらなと思っています。
そういう小さな変化の積み重ねが、みんなの成長になっていくと思うし、日本人ってやっぱり、特にSIerみたいな文化だと、「言われたものを作れ」というエンジニアリングカルチャーが非常に強いと思うんですよね。そういうところから少しずつ脱却していかないと、日本自体が勝てないのかなと思うので。そういう変化を、みんなで作っていけたらいいなと思っています。
伊藤最近は「言われたものを作るだけのエンジニア」が否定的に語られることもありますが、 実際には、その状況に満足している人はほとんどいないんですよ。採用の面接などで話をしていると、「この状況に甘んじている自分が嫌で、転職を考えています」という人が圧倒的に多いんです。「作ったシステムがどう使われているか分からないのがもどかしい」「もっとユーザーの反応を感じられる仕事がしたい」と言う人ばかりなんです。
決してみんな、今の環境に甘んじているわけではなくて、ただどうしたらいいか分からないだけなんですよね。だから、まずはお客さんに会いに行くとか、現場を見に行くとか、そういう小さな行動から始めていくのが大事なんだと思います。
おわりに
本記事にて、AEON TECH HUB初の動画対談企画はひと区切りとなります。
記事や動画を通じて、少しでも発見や気づきを感じていただけていたら嬉しいです。
お話を伺ってみると、山﨑さんはワクワクする未来を思い描きながら、現場へのリスペクトを大切にし、着実に変化を起こしている方でした。
対談自体は約1時間半ほどでしたが、その短い時間で人柄の温かさが伝わり、一気にファンになってしまいました。記事だけでは伝わりきらない魅力も多いので、ぜひ動画でもお二人の空気感を感じていただけたらと思います。そして今回、初めて伊藤直也さんとお会いできたことも本当に光栄でした。
これまでオンライン上で見ていた印象そのままに、誠実で穏やかな方。対談以外の時間では、K-POPの話題で盛り上がり、そのギャップにますます惹かれました。この対談は、山﨑さんの「昔から憧れていて、直也さんと話せたら最高なんだよね」という言葉から始まりました。初対面のときに見せてくださった笑顔と喜びの表情が、この企画全体の空気をとても和やかにしてくれたように思います。
エンジニアとしての学び、イオンや一休の組織の挑戦、そしてお二人の人柄を一度に感じられる対談になったのではないでしょうか。またいつか、この続きをお届けできる日を楽しみにしています。ぜひ記事や動画を通して感じたことを周りにも共有していただけたら嬉しいです。
(司会・書き手:川田浩史)

現在編では、業種や規模の異なる二人のCTOが直面する現場の課題や工夫を比較しながら、共通する本質を探った内容になっています。
過去編では、お二人のキャリアの原点に迫り、どのようにして今の道に至ったのかを深掘りしています。ぜひ遡ってご覧ください。
イオンCTO山﨑賢×一休CTO伊藤直也が語る#1 変革を支えるエンジニアリングと“勝ち筋”のつくり方

イオンCTO山﨑賢×一休CTO伊藤直也が語る#2 CTOの原点と、型のない役割のつくり方

※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。

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