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この記事を読むとわかること
・レガシー資産と最新技術を両立させるための「ダイバーシティマネジメント」とは?
・なぜ「マイクロサービスアーキテクチャ」だけでは不十分なのか
・179を超える業務システムを束ねる「レイヤードガバナンス」
オンラインスーパーの「Green Beans」。多忙な子育て世帯と親和性の高いサービスが評価され、2023年7月の開業以来、売上は急成長を続けている。イオングループのスタートアップとして新しい挑戦を行う同社は、同時に1969年創業という長い歴史、グループ企業約300社、従業員数約15万人という巨大小売業のイオンが母体であり、随所に存在するレガシーなシステム資産をいかに活用するかがビジネスの成否に多大な影響を与える。
かたやスピード感を持って変化に追従しなければならないモダンなシステム開発と、レガシーなシステム資産をいかに両立するのか。肝となるのは「ダイバーシティマネジメント」だという。イオンネクストCTOの樽石将人氏にお話を聞く。(取材・執筆:プレーンテキスト 鹿野恵子)
【目次】
さまざまな属性・背景を持つ業務システムの塊「イオンネクストプラットフォーム」
イオンネクストのエンジニアたちが対峙する複雑性・多様性とはいかなるものなのだろうか。簡単に紹介しよう。「イオンネクストプラットフォーム」はイオンネクストが運営する食品EC「Green Beans」を支えるシステムプラットフォームであり、「デマンドチェーン」「サプライチェーン」「バックオフィス」の3つのコンポーネントから成る。
「デマンドチェーン」の仕組みは、イオンネクストの大型自動倉庫「CFC」の業務と密接に関連し、CFC技術を提供しているオカド社の「Ocado Smart Platform」(OSP)が土台になっている。お客さまの接点となるGreen BeansのウェブサイトのUIや、配送のためのトラックの運行管理などもここに含まれる。
「サプライチェーン」の仕組みは、さまざまな卸売業、メーカーなどの取引先とイオンネクストをつなぐものであり、これまでイオンが歴史的に積み上げてきたシステム資産が大いに関わってくる部分だ。
「バックオフィス」は、人事労務、会計、給与など、一般企業のバックオフィスと同様のものが多い。会計・人事のパッケージなども利用している部分である。
これらのコンポーネントはさらに12種類に分類される。「オウンドメディア」「OSP」「薬店管理」「マーケティング」「カスタマーサービス」「デマンドチェーン」「デリバリー」「データ」「会計」「管理・コーポレート」「エッジ・インフラ」「ミッション・コントロールセンター」である。
たとえば、ラストマイル配送に関わる業務システムは「デリバリー」、倉庫で利用するハードウェアは「エッジ・インフラ」、自社運営メディアは「オウンドメディア」というように分類されていて、複数の部門がそれを利用する。
この各コンポーネントに所属する業務システムの総数は2025年4月現在179。
「業務システムの数は、ローンチ時の2023年夏には44ほどしかありませんでしたが、今は179まで増えています。ムーアの法則と同様のスピードで増加していて、おそらく1年後には200から300ぐらいまで増えているのではないかと考えられます」とイオンネクストCTOの樽石は、今後のさらなる業務システムの拡大を予測する。
ダイバーシティを重視したプラットフォームのアーキテクチャ
このように、イオンネクストプラットフォームは、さまざまな背景や属性を持つシステムを一つにまとめたものだ。
それを実際に組み上げて実現するためのアーキテクチャ(設計思想)を、イオンネクストでは「イオンネクストアーキテクチャversion1(ANX1)」と名付けた。その設計思想の背景には、「ダイバーシティマネジメント」つまり「多様性の尊重」があると樽石は言う。
私たちのシステムは、お客さまが注文した商品を届けるというシンプルなものです。一方、そのユーザー体験を実現するための裏側の仕組みは、すべて自分たちで構築しています。ECサイトも、倉庫も、配送手段であるトラックも、また配送のための人員も自社で保有している。業務システムも179あり、どんどん増えている。ビジネスのレイヤーによって、求められる要件ややり方が全く異なってくるわけです。(樽石)
樽石は、サプライチェーンとECサイト作りの違いを例に挙げて説明する。
サプライチェーンに関連するシステムでは、必要数を見込み、発注し、取引先から商品を仕入れ、倉庫に在庫する。注文に合わせて商品をピッキングし、出荷するという業務があります。これらの業務においては、商品マスタや発注システムなど、イオン時代からの技術資産の活用は不可欠です。その資産を活かしていかない手はありません。つまりこの分野では『いかにレガシーをうまく動かすのか』というテーマが重要になります。
一方、ECサイトの構築・運営という分野であれば、『UI/UXに配慮しながらいかにユーザーにとって使いやすいウェブサイトを作る』かが最重視項目となります。最新のフロントエンド技術をフル活用して、いかにスピーディーにモダンなウェブサービスをつくるかが議論の中心なのです。(樽石)
また、バックオフィスでは法令の変更や組織の変化にシステムをいかに追従させるかが重要になる。会計情報や個人情報など秘匿性を重視すべきデータも多い。配送も含めたデマンドチェーンの仕組みでは、データサイエンスの比重が高くなる。データの保存方法、正規化など、サプライチェーンやフロントエンド、バックオフィスとは異なるポイントを重点的に検討する必要が出てくる。
作り方や考え方、背景が全く異なるこれらのシステムを、同じアーキテクチャで作ろうといった瞬間、そのプロジェクトが破綻するのは火を見るよりあきらかだ。
今はやりのマイクロサービスアーキテクチャを採用しようとした瞬間、20~30年以上動き続けているサプライチェーンの仕組みや会計システムが置き去りになってしまいかねません。(樽石)
そこで樽石がたどり着いた結論が、「それぞれのコンポーネントごとに、アーキテクチャを自由に設計できるようにする」というものだ。「フロントエンドの世界はフロントエンドのアーキテクチャを、データサイエンスの世界ではデータサインスのアーキテクチャを認めます…というような感じで、それぞれの多様性を尊重するものです」。
あるコンポーネントは、マイクロサービスアーキテクチャで構成され、他のコンポーネントはシンプルなLAMPアーキテクチャで構築されている。あるいは、すべてをサードパーティーのSaaSツールで実現するコンポーネントもある。そしてそれぞれの業務システムが緩やかな連帯を成すことで、イオンネクストプラットフォームが成立する。
レガシーなシステムをいかに活用していくか
しかしなんでもかんでも自由というわけではない。イオンネクストアーキテクチャでは最低限のお作法も掲げる。
多様性を維持するための「お作法」におけるキーワードが「レイヤードガバナンス」だ。
OSI参照モデルは、ネットワークに求められる通信機能を7階層の構造に分割して定義するものである。1層目がコネクタやLANケーブルなどの「物理層」、2層目が直接的な通信機器間の信号の受け渡しを定義する「データリンク層」、3層目が「ネットワーク層」…というように、上に行けば行くほどユーザーに近くなり、最も上層の第7層は「アプリケーション層」で、HTTPやFTPなどを定義している。イオンネクストのレイヤードガバナンスも、このOSI参照モデルに則って、レイヤーで「お作法」を規定する。
1層目で規定するのは「命名規則」と「URL」だ。
いわば、ある人に名前をつけて、その名前の人にたどり着くための場所を定義したものです。もう一つ、この層では通信の方法も定義していて、REST API、HTTPでコミュニケーションすることに決めています。(樽石)
また、この層では、「コンポーネントごとにその内部は自由に決めていい」ということも宣言している。
この「お作法」に基づき、イオンネクストプラットフォームでは、システムの名前を決定すると、コンポーネント名やリソース名からURLが自動的に展開される仕組みが提供されている。このような、システム名などを元にURLが自動的に展開されるような仕組みは、樽石のGoogle時代の学びを活かしたものだという。
これを国際政治に例えると、第1層が必要最低限のことを定めた「国際法」で、それぞれの「コンポーネント」という「国」の内部については、「国内法」といえる。
デマンドチェーンコンポーネントであれば、そのコンポーネント内部で、独自のアーキテクチャ仕様を決めることができる。国際法に従いつつ、その上で自分たちの仕組みを考えればいい。(樽石)
この緩やかな連携からなるアーキテクチャの最大のメリットとして、樽石が挙げるのが、「レガシーなシステムの活用」だ。
ITシステムの歴史は、モダンとレガシーの入れ替わりの繰り返しだ。それぞれの時代でモダンなものが生まれ、しばらくするとそれがレガシーとされる。今モダンとされているものは、5年後にはレガシーと呼ばれるようになる。そして、垂直統合のビジネスを実現するためには、レガシーの活用が不可避だ。
「垂直統合」とは、製品やサービスの開発から生産、販売に至るまで、上流から下流のプロセスを一社で統合したビジネスモデルのことだ。それに対して、「水平分業型」と言われるビジネスモデルは、製品の核となる部分の開発や製造、販売だけを自社で行い、それ以外の部分を外部委託するものを指す。
垂直統合のビジネスは、様々なノウハウを自社に蓄積でき、競争優位性も高まる。コスト面でも水平分業に比べると安価に済む部分がある。同時に、初期投資は高くなり、柔軟性も低くなりがちだ。一方の水平分業型のビジネスは、設備投資の負担や事業リスクを軽減できる点に強みがある。
システム面で見ると、水平分業のそれが比較的小さなシステムによって実現されるのと異なり、垂直統合型のシステムは、サプライチェーンの川上から川下まで、さまざまな粒度の、さまざまな歴史的経緯によって作り上げられたシステムの組み合わせで実現されることが多い。そしてイオンネクストの仕組みは後者にあたる。
マイクロサービスは、スタートアップのように“ゼロ”からシステムを構築するケースであればフィットしやすい。しかしイオンネクストのように「既存の大規模レガシー+新規システム+フロント+データサイエンス」を全体最適する必要がある場合、マイクロサービスのみを掲げると「過去システムとの整合性をどう作っていくか」が大きな負荷になりかねない。
社内でも部門やレイヤーによって適切なアーキテクチャが全く違うため、“マイクロサービスで統一”すると破綻が起きかねない。そこでイオンネクストでは「コンポーネントごとに多様なアプローチを許容する仕掛け(=ダイバーシティマネジメント)」を採用したのである。
マイクロサービスアーキテクチャで全部整えますと宣言すると、マイクロサービスアーキテクチャが適用できない部分に関しては、みんな知らぬ存ぜずになってしまうという危惧があります。特に、バックオフィス系システムや、20~30年前に作られたレガシーなシステムでそのようなことが起きやすい。そこを誰が再発明するのか?そういう部分は、みんな蓋をしてしまうんですよね。
イオンネクストアーキテクチャでは、マイクロサービスアーキテクチャでカバーしきれない部分にもしっかりと目を向け、全体を作りあげようしている、ということなんです。(樽石)
イオンの「ゆるやかな連帯」という思想が根付くアーキテクチャー
イオンネクストは「ソフトウェアデファインドカンパニー」という構想を掲げる。会社のすべてのものをソフトウェアでデザインしようというものだ。そのためには、過去のシステムも含めたさまざまなアーキテクチャに目を向け、統合していかねばならない。イオンネクストアーキテクチャは、このソフトウェアデファインドカンパニーというコンセプトを具現化するための、メタアーキテクチャとも言える。
樽石は言う。「大方のスタートアップは、ウェブサービスを作るだけで、技術の領域はさほど広くありません。AWSで作れば終わりということが多くて、ここまで広く考える必要がない。一方、イオンネクストは、ウェブもあり、倉庫もあり、データもあり、トラックもある。何から何まで全部自分たちでやらなければなりません。その全部をどう統合するのか?技術カバレージが非常に広い、という課題が出てきたからこそ、このようなアーキテクチャに至ったのかもしれません」。
イオンネクストアーキテクチャは、イオンの「連邦制経営」というコンセプトにインスパイアされたものだという。イオングループは、300の事業会社からなる巨大グループ企業だ。「連邦制経営」とは、そのマネジメントスタイルのことで、イオングループとしての大枠のガバナンスは維持しつつ、基本的には各企業で独立採算で自由にやっていいという、地方分権型のアプローチである。「ゆるやかな連帯」が、設計思想にも活きる。
現実の世界は「混とんとしていてまだら」なものである。新しいものも、古いものも、効率がいいものも、悪いものも、入り混じりながら現実は前進する。イオンネクストアーキテクチャーは、そんな変化する社会における小売業の「清濁併せ呑む」強さを具体化するための設計思想なのである。
イオンネクストではエンジニアを中心としたデジタル人材の採用を積極的に行っています。樽石と話をしてみたい、Green Beansの事業が気になる…といった方は、カジュアル面談も実施しておりますので、ぜひお気軽にご連絡ください。
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※掲載している所属・役職・肩書きおよび各種情報は、記事公開時点のものです。
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